強制連行?!
自分では意気揚々と新たな生活への道を歩き始めた気でいたが、どう見ても大荷物を持ってヨタヨタと歩く姿はいただけない。
時々「くすっ。」と笑いをもらす声が辺りから聞こえる。
(やっぱりなあ、変だよね。これじゃすれ違いざまに荷物を盗られても追いかけられもしない。)
辻馬車で目的の街へ行く前に商業ギルトへ行かなくては。
向かうギルドは皇国立商業ギルド、『クラウン』…ベタな名だよね。それでもある程度大きな街には必ずある信用厚いギルドであるのは確かだ。
父はここに私の貯蓄口座を開いてくれた。家を出るにあたって、当座の資金20万Gを入金してくれた。最初で最後の私への投資だ。
この金額が高いのか安いのか、私には分からない。
「しばらくはこのお金で暮らすとよい。」と言っていたくらいだから平民には大金なんだろう。そんな大金、持ち歩いたら危険なのは私にだって分かる。そこで登場するのがクラウンの口座だ。
少しだけど、母と一緒に溜めたお金が手元にある。これもクラウンの口座に入れておこう。
「あー、疲れた。」
床に黒いカバンを置き、背負いカバンを背負ったままで私はベッドにダイブした。
朝からすごい時間が経っている気がする。緊張しっぱなし。
商業ギルド『クラウン』に行ったものの、行った先は本店で、父くらいの年齢の男の人がたくさんいて、私みたいな成人ほやほやの小娘は他に居なくて、ここでもすっごい緊張した。
そうこうするうちに、昼ご飯も食べていないのに、昼はとっくにすぎていた。
今から辻馬車でクールデンに向かったら夜になってしまうので、辻馬車乗り場近くにある宿屋に泊まることにする。
適当に外観だけで選んだにしては、宿屋は当たりだったようで、部屋はこざっぱりとして余計な物がなくて居心地が良い。ベッドはお屋敷のに比べたら少し固いくらいでパリッとしたシーツが気持ちいい。
「お腹空いたし、何か買ってこようかな。」
鼻歌交じりに良いとこのお嬢さんに見えるミルクティー色のドレスから赤いチュニックと青いスパッツに着替える。
着替えれば気分はスッカリ平民だ。
ポケットに入れてあったフローレ様からもらった指輪は革紐に通して首にかけた。見えないように下着の中に入れ込む。
指にはめているのは物騒だし、部屋に残して置くのも物騒だもんね。
鏡を見て、自分の姿を確認し、ちょっと考えた。なんかちがう。髪型が平民とは違うのだ。
私は紐で髪を頭の高い位置で一つに束ねた。ポニーテイルって髪型だ。
おおっ、これで平民の完成です。
ーーコンコンコン
ドアをノックされた。
誰だろう?
宿屋の主人かな?
浮かれていた私はつい「誰か」も聞かず、部屋のドアを開けてしまった。
開けて見ればそこには男の人…やばっ。
反射的にドアを閉めようとしたら、足を挟まれた。やばい、手でドアを止められた。
(ドア閉まんない! 閉まんない!)
焦りながら、足を挟んだ男の顔を見る。
「ロベルト様?」
「貴方は馬鹿か!!!」
頭上から大声で怒鳴られる。ひええ。
そこには身長180センチあるロベルト様が居た。茶髪の前髪が後ろに撫でつけられているので、お顔がよーく見える。
オオカミのような琥珀色のアーモンドアイが思いっきり吊り上がっていた。
ちなみに私の身長は155センチ…遙か頭上から怒鳴り声のシャワーがかけられた気分だ。
整った顔立ちで怒る姿はとてもとても恐ろしい。迫力満点だ。
私は小言を言われたことはあるけれど、基本ネグレクトに近い育て方をされて放置されてきたので、大声で怒鳴られたことなどない。
見たことはあるけど。
そんな私が初めて大声で、しかも男性に、怒鳴られたのだ。…どんなに恐怖したか分かるだろうか。
「ひぇぇ」といった感じで、思わず両手で頭を抱える。
おずおずと上目遣いに見やれば、ロベルト様は「呆れた」と言わんばかりに片手で頭をかいていた。
整った顔立ちで眼を細め、冷ややかな目線を送ってくる。
(この人、どんな顔しても怖い。)
「まったく、確認もせずにドアを開けるな。どう見ても良いとこの娘が大荷物持って訳ありって様子で、辻馬車乗り場のすぐ近くの宿屋なんてとったら、攫ってくれ、襲ってくれって言っている様なものではないか。」
「…でも、ここキレイだし、感じいい宿屋じゃないですか。」
「ここを選んだ時点で金を持っているとしか見えない。入るぞ。」
ムスッとした物言いで、ロベルト様は部屋に入ってきた。
アタフタする私なんか関係なしにだ。
「ちょっと待って、レディーの部屋に勝手に入らないでください。」
「平民になったのだろう。貴族の私に指図するな。」
「なっ、なんで貴方が平民になったことを知っているの? ええっ、ドレス勝手にカバンに詰めないでください。」
私は後ろから腕をとって、ロベルト様の動きを止めようとしたが止まらない。
アッという間にロベルト様は私の黒いカバン2個を片手に持ち、私の背負いカバンを私に向かって投げつけた。
「きゃあ、投げないでください。」
慌てて何とか、背負いカバンを受け止める。
ホッとしたのもつかの間、私の言葉を無視して、ロベルト様はカバンを持った手と反対の手で私の腕をガシッと掴んだ。
「ここじゃ、ダメだ。行くぞ。」
「え? ええぇ、嫌あぁぁぁ。」
私は生まれて初めて大声をあげた。
男性に腕を掴まれたのも初めてだ。
私は結局、引きずられるようにして、宿の外に連れ出された。
振りほどこうにもロベルト様の手は外せない。
「若い娘にこんなことしていたら醜聞が立ちますよ。」
「キャンキャンわめく子犬を連れだしただけだ。」
反論しようとした私はアデンバッハ家の馬車にポイッと放り込まれた。
何か外で話す声がして、止むとロベルト様も馬車に乗り込んでくる。逃げようにも逃げられない。
ロベルト様に何か言おうとすると琥珀色の眼でジロリと睨んでくる。
(これって強制連行なんじゃないの。)
昼食を食べはぐった私のお腹がグウと鳴ったのは、仕方が無いと思う。
私は「恨めしい」と表情で訴えるしか無かった。
ロベルト様、面倒見が良いのでしょうがデリカシーありません。第三皇子サイド4人組、基本頭と顔が良いけど馬鹿設定です。




