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別れの朝

「おはようございます。お手伝いに来ました。」

 厨房に行っていつもより大きな声で挨拶する。

 前掛けで手をふきふき、料理長のトムが入り口に現れた。


「お嬢さんかい。おはようさん。今日でお屋敷に居るのも最後だろ。今日の朝食はバターをタップリ使ったオムレツにしてやるよ。庶民もオムレツは食うがバターはチョピッとしか使わないからな。最高にうめえの作ってやるからな。」

「はいっ、楽しみにしています。」


 こんな会話が出来るくらいにトムとは仲良くなった。

 私はサラダの野菜を洗い、ジャガイモを洗う。ジャガイモの皮むきもだいぶ上手になった。

 ジャガイモはトムの手でジャーマンポテトとなった。肉厚なベーコンがタップリ入っている。ベーコンのうま味をジャガイモが吸った逸品だ。

 一通りの下ごしらえを下働きの者達と一緒に行う。


「おう、そろそろ戻っていいぞ。お疲れさん。」

「私こそ、色々ご指導ありがとうございました。」


 スカートの裾をちょっと持ち上げた貴族の礼をとり、調理場の皆に向かい、頭を深々と下げた。


 ◇◇◇


 侍女服もどきからお下がりのドレスに着替える。侍女服もどきを着るのもこれで最後だ。


 珍しく家族全員そろっての朝食であった。

 私に気をつかってくれたのかも知れない。

 朝食はトムの言った通り、オムレツにこれでもか!とふんだんにバターが使われていた。溢れるバターをパンでぬぐって食べる。

 オムレツもジャーマンポテトもトマトのスープも何度も食べたものだ。

 でも何度食べても美味しかった。


 いつものように今日の予定の文句を言ったり、昨日のことを話したり、代わり映えの無い会話が食事の合間になされる。

 朝食の締めは深煎りしたコーヒーだ。


「アーシャマリア、9時になったら家を出て王宮の貴族戸籍課へ向かう。その前に玄関に来るように。」


 父はそう言うと食堂を退出した。

 フローレ様も続く。


「お前達、最後の挨拶にはちゃんと来るように。」

「分かっているわよ。末っ子ちゃんにお別れ言いに行くわよ。」

「アーシャマリア、後でね。」


 兄姉も退出していく。一応最後の挨拶をしてくれるらしい。


 私も自室に戻る。

 ベッドに以前押し込んだ紙切れを引っ張り出す。

 以前平民になってからの行き先を2カ所に絞った。結局、王都の西北にあるクールデンという街に決めた。父の領地は王都の東南にあるから丁度反対方向になる。出来るだけ誰かに会う可能性が少ない方が良いのかなあと思ったから。

 クールデンは北に大きな森を抱えているが、観光都市としてでは無く、林業で栄えている街だ。


 ミルクティー色のドレスに着替える。

 自室を最後にもう一度見渡す。大きく息を吸ってから一言言う。

「お世話になりました。」

 誰も居ない部屋に向かって私は頭を下げた。


 大きな黒いカバンを両手に持ち、背中には背負いカバン。知らない人が見たら、何事かと思う格好だ。


 玄関ホールに行くと、ドルシエ先生が居た。今日は朝から授業は無いはずなのに。わざわざ私に会いに来てくれたのだろうか。

 私はドルシエ先生の正面に立ち、膝を少々折りドレスの裾を摘まむ貴族の最上礼をする。


「ドルシエ先生からは沢山のことを学びました。先生の生徒であったことを誇りに思います。今までありがとうございました。」

「貴方が私に教わったことを有効に活かしてくれることを願います。」


 先生は私に一冊のノートを渡した。


「これから新たに知ったことを書き残すと良いでしょう。知識は貴方の役に立つはずです。」


 私から先生に刺繍したハンカチを渡す。刺繍した柄は百合。尊敬の象徴だ。きっと先生になら花言葉の意味は伝わると思う。

 私は微笑み再度深く先生にお辞儀した。


 ドルシエ先生に別れの挨拶している間に家族も玄関ホールに揃っていた。

 父とゲランお兄様には色違いで家紋の入ったハンカチを渡す。歯車とフクロウの家紋は眼を引くことだろう。

 フローレ様には華やかさを表すカトレアを刺繍したハンカチを。

 キャサリンお姉様には幸福を表すスズランを。ロザリーお姉様には可憐さを表すスミレを刺繍したハンカチを渡す。


「今までお世話になりました。ささやかですが私からのお礼です。今後の皆様の更なる繁栄と幸せを陰ながら祈らせていただきます。」


 ドルシエ先生にしたのと同じように貴族の最上礼を皆にした。


 家族の皆は私からハンカチの贈り物があるとは思っていなかったようだった。戸惑いながらもお礼を言ってくれた。…フローレ様から「ありがとう。」なんて初めて聞いたかも。


「ではお父様、私を王宮へ連れて行ってください。」

 私は胸を張り、声高らかに告げた。


「待ちなさい。」

 フローレ様から、待ったがかかった。私の顔が思わず引きつる。

「これを。」

 私の右手を取り、手の中に落とされたのは、今目の前でフローレ様が自らの指から抜き取った指輪。赤い石が付いている。ガーネット?

 私がキョトンとしているうちに、「達者で暮らしなさい。」と言ってフローレ様は玄関ホールから去ってしまった。


「遠慮せずもらっておきなさい。」


 父が私に言葉をかけた。

 戸惑いながらもポケットに指輪をしまう。


 玄関から外へ出れば、ズラッと使用人達が並んでいた。侍従長にメイド長もいる。お姉様方付きの侍女に、侍従まで。御者に厨房の料理人や下働きの者までいた。

 サッと侍従長が私の黒いバックを受け取り、馬車に積み込む。

 並んでいる皆の視線が私に注がれている。慣れていないので、痛い。それでも平静を装い、馬車へ向かう。


 馬車に乗り込む直前、皆に振り返る。

「「「行ってらっしゃいませ。」」」

 初めての見送りだ。そして最後の見送りになる。


「行って参ります。」


 私は貴族の最上礼を皆に披露し、深々とお辞儀を再度したあと、父に続いて馬車へ乗り込んだ。

(最後にこんなことするなんて。恨んだままでいられないじゃない。)

 私は馬車の窓から、遠くの空をジッと見つめた。


一つの花に花言葉はいくつかありますが、都合の良いものを文章中に採用しました。

頭の中でキャラが動いていて、今日も連日投稿出来ました。

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