準備と後片付け
中締めの挨拶を王様がして舞踏会会場を退出し、エフェルナンド皇子が閉会の挨拶をして、舞踏会はお開きとなった。
色とりどりのドレスが色の波となって出口へと流れていく。私もその一つとなって会場を後にした。
帰りの馬車の中でお姉様方はお目当ての殿方に向こうから声をかけてもらえたとかで、大層嬉しそうであった。私が見ていても、はにかみながら頬を染めて話をしている姿はとても微笑ましかった。
お兄様も無骨ながらも令嬢と交流を持つことを頑張ったようで、近づくと香水の香りがした。かなりの大接近をしたようだ。
王様の意図したことは、十分我が家の場合成果を挙げたと言えるだろう。
私がずっとサウザント家に居るなら、近いうちに義兄や義姉にお会いしていたかも知れない。
皆自分のことを思い返すのに忙しいようで、「もう一生経験することない舞踏会に参加できて良かったわね。」とか「王宮料理美味しかったでしょ。」とか「こんなに大勢の貴族と会うことはお前にはもうないだろう。」と少し私に話しかけて来ただけだった。
「誰と話をしたか?」とか「誰と交流を持ったか?」なんて聞かれたら正直に話すしかなかったから、ほんと助かった。ロベルト様の名なんてあがった時にはどんな追求が来る羽目になったことやら…
家に着けば玄関には父とフローレ様が出迎えに出てきて驚いた。
興奮したお姉様方をなだめるようにして抱きかかえる2人の姿に家族を感じて、ちょっぴり疎外感を感じた。けども「あと3日でここから出て行く」ことを思い出し、気を取り直した私であった。
自室に戻り、髪を解き、ドレスを着替える。
手袋を外し、いつもの少々荒れた自分の手を見れば、一気に現実を思い出す。
いつもの姿に戻って、夢のような舞踏会が本当に終了したことを実感する。それと共に高揚した気分は消失して、喪失感が湧き上がる。
喪失感で胸が一杯にならないように、私はブンブンと頭を振って、舞踏会へ着ていったドレスに縫い付けてあったオーガンジーを取り外すことに精を出した。
◇◇◇
舞踏会の翌日、早朝から父に執務室に呼び出された。
「平民になる」ことの最終確認をされたのだ。もちろん私の返事は「はい。」しかない。
それからこのお屋敷から私が持ち出せるもの、当座の生活資金の支給について説明がなされた。
「3日後までは屋敷を出る準備にあてるが良い。」
「あの、街着を1着買いたいのですが、街へ出かけてもよろしいですか?」
「ああ、馬車を使うが良い。支度金として2万G持って行くが良い。街着以外にも必要なものがあるだろう。侍従長に言っておくから受け取って行くように。」
「ありがとうございます。」
私は頭を深く下げた。父とあと何回こうして会話をするのだろう…そんな思いが頭をよぎった。
自室で私は持ち物を総点検する。
タンスにあるのはお下がりのドレスばかり、裾の広がるこういうドレスは貴族以外は普段着ない。コルセットも必要ない。侍女服もどきは街着にしたら変だよね。
下着と刺繍したストールは持って行くかな。ミルクティー色のドレスも持って行きたい。
大きなカバンを買わなくては。
お姉様方から頂いたブローチなどアクセサリーも持ち出せるのかな?
あとは手芸の材料や裁縫箱を持って行きたいなあ。スケッチ帳も必要だ。
母さんの形見の服も持って行きたい。
庭師小屋も見に行かなくては。
今までお世話になった部屋の掃除もしっかりとしたい。
やるべきことはたくさんある。
侍従長からお金を受け取り、侍女服もどきを着た私は馬車でお屋敷から少し離れた商店街にやって来た。
商店街の外れで馬車を降り、迎えの時間を確認すると1人歩き出す。
護衛はいない。
市場への買い付けで街人と接することには大分慣れた。買い物はなんとかなるだろう。
ここの商店街は初めて来た。以前図書館で王都のことを少し調べておいたのが役に立っている。洋服や服飾小物、靴など身にまとうものを売っている店が多いのだ。
最新の服をショーウインドウに飾っている店はスルーする。
最初の私の目的の店は古着屋だ。
人が多く出入りしている店を選び、入る。そして私はシンプルな色あせた赤いチュニックワンピースと青いスパッツタイプのズボンを入手した。靴もヒールのない茶色いペッタンコのものを選ぶ。まだたまに冷たい風が吹く日もあるので、薄手の薄荷色のコートも買った。お金もらったしね。
次に下着屋。
さすがに下着の古着は避けたい。普段お屋敷で買ってもらっているものは、生地が高級なので、綿のシンプルなものを新たに買うのだ。ヒラヒラした高級な下着など手入れが大変なだけだ。
最後に鞄屋だ。
安くて大きいカバンを2つ選ぶ。大きいのは黒しかない。少々私が持つにはいかついけど、仕方ない。両手はこれとして、あとは背負いカバンを選ぶ。これは買い物に行くときにも使えるように、明るい茶色でポケットが多く付いているものにした。
カバンに買ったものを詰めて、私は帰宅した。
時間が許す限り調理場へ行って、調理の手伝いをした。
調理場にいる彼、彼女らに出来る恩返しはこれくらいしかないから。
庭師小屋の片付けもした。もう、ここへ足を踏み入れることは無いと思うと胸が締め付けられる。
大してここに物はないけど、母の形見のショールを残し、あとの家財道具は高齢となった庭師夫婦に処分をお願いした。多少のお金にはなるだろう。こんな形でしか礼が出来ないことが残念だ。
最後に庭師小屋の物置へ行く。水を溜める大きな水瓶を動かし、床の板を外す。
床下には小さな花瓶があった。その中には、小銭中心の現金があった。母と2人で懸命に貯めたお金だ。よかった。誰にも盗られていない。自分の財布に移す。新天地で活用するぞ。
◇◇◇
アッと、いう間に日は過ぎた。
気分良く目覚めた今日は私の誕生日。貴族で無くなる日だ。
長年お世話になった自室は昨日、キレイに隅々まで掃除した。床を空拭きし、色あせたカーテンも洗濯した。昨晩私が使ったシーツの洗濯だけは見逃してもらおう。
改めて自室を見回す。机を撫で、椅子を撫で、窓枠を撫でる。
侍女服もどきに着替える。
そして、大きく深呼吸して私は朝食の手伝いへ向かった。
お金の単位はGイコール円の感覚です。なので、2万Gは2万円ってことです。物価は洋服とか生活関連用品は高くて、食品は安いイメージで。古着ならだいぶ安くなって平民でも十分買えます。




