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届いた招待状

 私が貴族の身分よりも平民の身分を選ぶということは、しばらく父とゲランお兄様と私の3人の秘密とすることとなった。

 事前に漏れてあまりの醜聞となって、サウザント家の評判が落ちるのを避けるためだ。


 花迎えの月の私の誕生日に平民になる申請をして、そのまま私はサウザント家のお屋敷を出て行くこととなった。


 サウザント家がもっと上位の貴族であったなら、嫁がせる時に用意する持参金なんていくらかかろうと気にせず、他家の有力者との縁を結ぶことを優先させただろう。でも私はちょっとだけサウザント家の収入を知っている。

 収入の主となるのは農産物なのだ。生き物なので、やはり出来高が良い年と悪い年がある。つまり収入に波があるのだ。加えて私の他に2人の娘。より上の身分の元へと嫁ぎたいお姉様方には持参金だってはずみたいだろう。

 私は運が良かった。もっと裕福な家だったら外に出してもらえなかった可能性が高い。有力な貴族との関係が深い家柄だったら婚約者がいた可能性がある。


 私が男子だったなら手元に置いてもっと家の役に立てたかも知れない。

 私も赤い髪をしていたら、家族に輪に入れたかもしれない。髪を見ただけで感じてしまう疎外感。金茶の髪が嫌いな訳ではないけど。

 もしもは尽きない。


 でも自分だけ違う疎外感を感じるからこそ、今の生活から離れる決心が出来た訳だし。存在を疎んでいた側も了承してくれた訳だし。




 何も知らないお姉様方はこの後も私に対する態度は変わらなかった。私という家族に対する優しさは無く、家族のというよりも使用人に近く…

 フローレ様は以前よりチラッと私を見る機会が増えたような気がする。父から私が平民になる話を聞いたのかもしれない。相変わらず殆ど無視だ。

 お兄様は私に「貴族だから」と言う機会が増えた。話す機会が増えたわけで無く、事務仕事のやりとりの時に言うのだ。今の生活が貴族であるからこそできるのだと。有り難く思えと。

 父はちょっと優しくなったかもしれない。母にちょっかいを出したくらいだ。多少は市井の生活を知っているのだろう。相変わらず、私への最低限の接触しか無いが、平民に慣れるようにとの配慮なのか、事務仕事の時間が少し減って調理場の手伝いが増えた。料理長のトムについて買い出しに行くこともある。大っぴらに私1人で街に行かせることは出来ないので苦肉の策なのかも知れない。


 トムとの買い出しは楽しい。

 市場には私が知らないタイプの人がたくさんいて、大声で話している姿は、最初ケンカをしているのかと思った。

 そこにいる人の個性的な姿と体格、荒い言葉使いに、貴族とは違う会話の仕方、服装。圧倒されてトムの背中に隠れるようにいる私にトムは何度も「大丈夫か?」と声をかけた。荷物もロクに持てない私は足でまといであっただろう。でも侍従長に言われたとかで市場には何度も連れて来られた。トムに何度も笑われながら、私も笑えるようになっていった。


 寒い日が続いていたが、私には春が待ち遠しかった。


 あと少ししたら、このベッドでは眠れないこと、テーブルマナーを必要とする食事が出来ないこと、上等な生地のドレスを着られなくなること、暖かい部屋で過ごせることが有り難いことであること、などなど、頭で理解している。でもそれらのことを惜しもうとは思わない自分がいる。

 すごーく貧しい生活になって、今の生活が良かったと悔やむ日がいつか来るかも知れないが、今のところ私の未来は自由でいろどられていた。


 ちょっとの手荒れはあったけど街への買い出しについて行ったり、事務仕事のお手伝いをしたり、夜会へ行く準備のお手伝いをしたり、刺繍をしたり、ドルシア先生にマナーのチェックを受けたりの生活は今までで一番張り合いがあり、平穏な毎日であったと言えるだろう。


 花迎えの月まであと数日という日の夕食の席で、私が平民になる話を父は家族の皆にした。

「分かりましたわ。」

 というお姉様方の言葉のみで、やはり惜しむ声や引き留める声は出なかった。いつもと変わりなく夕食は終了。

 食事のサーブをしていた侍女からの話で、翌日にはお屋敷で働く者のあいだに私の情報は流れた。幸か不幸か「平民になるまでは貴族である。」という言葉が上から伝えられたので、嫌がらせが起きることもなく、今までと同じように毎日は過ぎていった。



 ◇◇◇



 暖炉に火を赤々と灯していないと寒くていられなかった日が少しずつ減った頃、花迎えの月に入って少し経った頃にその招待状はサウザント家に届いた。


 エフェルナンド皇国国王の名の下、国中の配偶者や婚約者のいないすべての貴族が集まる盛大な舞踏会が開かれることとなったのだ。場所は王宮の一番広い(あかつき)の広間にて。日は私の誕生日の3日前。

 もちろん私も参加対象となる。

 参加は王命により絶対だ。

 …建前は「さみしい独り身の諸君に出会いの場を授けよう!」だけど、王様、何企んでいるの? 年頃の貴族の男女…私が一番苦手とする人達だ。


 私と同じく裏があると読んでいるゲランお兄様は無口になった。

 対してお姉様方は、上級貴族に王族にと普段お近づきになりにくい方々に堂々と近づくチャンスをものにするべく、すでに頭の中で様々な計画を立て始め、妄想で頭が一杯になってご機嫌なご様子だった。


 舞踏会まであと3週間足らず。

 お姉様方はまずドレスの新調に走った。…私はすぐ平民になるのだし、手持ちのドレスを自分で流行の形に少し直せばいいや。

 お姉様方はドルシエ先生によるダンスの特訓を依頼した。…私だけで無く、お兄様も練習に呼ばれた。兄妹全員がそろうなんて久しぶりだな。

 お姉様方は自らを磨き上げ始めた。…色々なものを全身に塗りたくっているお姉様方。顔にクリームしか塗らない私。私の女子力低すぎるかもしれない。


 着々と舞踏会への準備がなされていった。

 







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