父の出した結論
読みたい本は読めたし、王立図書館からウキウキと私はお屋敷へと戻り、例の貴族に関する法律の本『エフェルナンド皇国貴族関係法規大全集』を父に渡した。肝心のページには付箋を挟んである。
もちろんウキウキしている姿は父に見せたりしない。神妙に父の様子を伺う。
平民になることを心待ちにしている姿を見せて、自分達貴族より平民を選ぶことを良しとしているのを見ることはあまり良い気分がしないだろう。機嫌を損ねて、私の希望が叶うことが無くなることは避けたい。
「確かに、お前が言ったような法律があるようだな。お前の望みについては検討して近いうちに返事をする。」
父に法律があるということを確認させて、検討するという返事がもらえた。
うん、交渉はちょっと前進したね。
お屋敷にはまだ実家に帰った使用人が全部は戻っていなくて、いつもより静かだ。
お兄様とお姉様方も街へ出かけているようだ。
私は自室に戻り、図書館で仕入れた他の街についての情報をまとめることにした。
住む候補の街は2カ所。どちらも王都から辻馬車が出ている。
紙にそれぞれの利点、欠点を簡単に書いてみた。
めったに私の自室に使用人も含めて入ることは無いけど、私がこの家と関係なく暮らすと宣言したのだから、行き先の手がかりとなるようなものを見られるようなことはしない方が良いに決まっている。
本当は実際に行ったことがある人の意見を聞けるにこしたことはないのだけど。
紙はベッドのマットレスの下に隠した。
◇◇◇
冬の洗濯は辛い。
自分の下着だけとはいえ、手洗いだからアッという間に手荒れがひどくなる。
街で手に入れたクリームはベタベタする割にあまり効果が無く、私は『生活に役にたつハーブ』という本で見つけた止血や炎症に効くドクダミ草のお茶に手を浸していた。
ドクダミ草のお茶はあまり美味しくはないけど、美肌に効果があるってことで我が家にあった。
「手の赤みはとれるけど。うーん。ドクダミ草を煎じられたら、もっと効果ありそうなんだけどなあ。」
暖炉はあっても、自室では煎じるほどの火を使う訳にはいかない。
「この葉っぱ、裏庭の日陰で夏に生えていた草だよね。夏になったら生葉で本当に傷に効くのか試してみようかな。…もし効くならクリームに混ぜたらどうだろう。来年の冬は服も全部自分で洗濯だろうし。」
お屋敷にある薬の本も今のうちに読んでおくと役に立ちそうだな。
1人で呟き思案する。
はたから見たら変な娘だろう。
「保存のきくクリームなら売れるんじゃない!」
必要は成功の母…いや、取らぬ狸の皮算用。
父に本を渡し、春にはスッカリ平民気分の私は先々に思いを馳せていた。
◇◇◇
父に例の本を渡した翌日、いつものように執務室に私は呼び出された。
緊張して部屋に入れば書類の清書を頼まれ、あの事に関する返事はない。
期待外れの気持ちを隠しつつ、部屋を退出しようとしたところで「10時に再びここへ来るように。」との父のお言葉。
その後私はもうドキドキで、でも清書もしなくちゃならなくて、後で見れば書類の字がおどっていた…
10時に執務室へと再び向かう。途中、キャサリンお姉様に今夜の夜会の支度を手伝うように言われるが、快く引き受けることができた。
「アーシャマリアです。入ってもよろしいですか。」
「ああ。入るがよい。」
父の許可を得て執務室に入れば、ゲランお兄様も居た。
なんと、お茶の支度を侍女にさせると侍女を退出させ、3人でお茶をすることになった。ここ執務室でお茶するなんて初めてだ。
ソファに座り、正面には父が居てその左隣にはゲランお兄様が座っている。
あー、香りの良い紅茶は心を和ませるね。
「例の本を読んで、法律を確認させてもらった。そしてアーシャマリア、お前の希望について検討させてもらったよ。家に関わることなのでゲランにも意見を聞いた。」
父はそう言うと紅茶を一口飲んだ。
「結論から言おう。平民になることを認めよう。…平民になりたいなどと普通は思わないものだが。」
「サウザント家の利点としては、嫁に行くときの持参金の必要がなくなる。嫁ぎ先を探すのも大変だしな。それに嫁にだすときに色々教養の足らないアラが見えて、サウザント家の名をけがすのも問題だ。もう一つ、この家からアーシャマリアの存在が無くなることで母の杞憂が無くなるのも利点だな。平民になりたいなどと考える時点でサウザント家の恥さらしとしか思えない。まったくプライドってものは無いのかね。自ら言ったサウザント家に関わらない、迷惑はかけないという言葉はキチンと守るように。」
ゲランお兄様の辛辣な意見が続いた。
何を言われてても「平民になれる」ならいい。
私にプライドなんてとっくにない。
ただ1人の意思を持った人間に私はなりたいのだ。
「ありがとうございます。」
私は静かに頭を下げた。
本当は色々反論したいこともあった。でも今までと同様に自分の意見は押し隠した。
引き留められたかった訳ではないけど、あまりに情のない会話で、どこかに家族の情を感じたかった自分に驚きつつ、現実はやっぱりこんなものだと想像していた自分もいて、平静でいるしかなかった。




