王立図書館にて
このような形で王立図書館に馬車で再び来られるとは思っていなかった。
新年の飾り付けがまだ残る街並みの景色を馬車の窓から覗き見ていた時よりも、王立図書館に到着した今の方がずっと興奮している。
馬車停めで馬車から降り、1人で石畳を歩いて行く。
今回は例の本を借りるだけでなく、閲覧をする時間ももらうことができた。どんな本に会えるかと思うとワクワクして足並みが速くなってしまう。
ミルクティー色の服を着ている私は前回のように悪目立ちはしていないだろう。
髪はシンプルに一つにまとめてみた。飾りも付けていないので、名乗らなければ何処かの侍女か家庭教師にみえるかもしれない。
無骨な石積みの建物内部は以前訪れた時よりずっと静かだった。まだ新年を迎えて賑やかな場所で過ごしている人が多いのだろう。貴族慣れしていない私には丁度良い。
まずは以前行った貴族専用エリアへ向かう。
そして父の紹介状を受付に渡し、法律に関する本棚へ向かう。
例の本のあった場所を忘れるはずがない。やけに使い込んだ感の強い分厚い本は同じ場所で私を待っていた。
私は本を手に取り、ページをめくる。…あった。この本だ。
大事に本を抱え、受付で貸し出しの手続きをしてもらった。一番大事な用は取りあえず終了だ。
手提げカバンに借りた本を入れ、私は図書館内を散策することにした。どこにどんな本があるのかよく分からないし、何より王立図書館のせいか壁面に絵画がたくさん飾ってあるのだ。大きなものから小さなものまで。興味を惹かれる。お屋敷の絵画は飽きるほど見ている。この機会は貴重だ。
「芸術鑑賞の勉強不足は否めないわよね。この絵、刺繍のデザインの創作意欲を刺激するわ。」
知識として流行の画家の名前くらいは知っているけど、その絵を見る機会はない。もちろん他の絵だってない。
色々な絵に近寄って顔を近づけたり、離れたりして私は絵をしばらく鑑賞していた。
「アーシャマリア嬢。お久しぶりですね。何かお気に入りの絵がありましたか?」
聞き慣れない声が背後からして、私は思わずビクッと身体を揺らしてしまった。
ゆっくりと振り返ればそこに居たのは黒髪空色の目のノワール伯であった。また、不審な行動をとっていると思われたかも。
「ごきげんよう、ノワール伯爵様。図書館にこんなにたくさんの絵が飾ってあるなんて知らなかったので鑑賞させていただいていました。」
「一生懸命絵を見る方は少ないので、絵を選んだ皇子も知ったら喜ぶことでしょう。」
私は微笑みを顔に貼り付け、貴族の礼をとる。前回は初対面であったし、私が大層動揺していたから素っ気ない態度をとってしまったが、父の知り合いと分かった今はキチンとした礼を尽くさなければ。
貴族年鑑の記載によれば、ノワール伯は24歳。確か去年家督を継いだはず。妻子はなし。図書管理が仕事だよね。よく見れば穏やかそうでありながら、整ったお顔立ち。イケメンさんです。
…私、貴族の男の人と話す機会なんて父とお兄様以外めったに無いから、すごく緊張しちゃうよ。嫌だなあ。早くどっか行ってくれないかな。
早く離れたい私の気持ちなんてノワール伯には通じていなくて、どこに何の本があるか案内をすると言うではないか…私みたいな小娘の相手して何が楽しいんだか。義理なら早く解放してよと心の中で呟く。
結局、地理の本が並ぶ棚へ案内してもらった。
「旅行にでも行かれるのですか?」
「新聞や書類でよく目に付く街についての知識がありませんので、知りたいと思いまして…。」
我ながら言葉の歯切れが悪い。本当は庶民になった後に移り住む街を検討するために本を読みたいのだ。理想は観光名所なんて無いそこそこ店があって栄えている地方都市。
「勉強熱心なのですね。それでは私も仕事の方に戻ります。どうぞゆっくり閲覧していってください。……今日の服装はとてもよく似合っていますよ。」
イケメンさんに褒められた…思わず私、赤面。けど、なんか無理矢理褒めた感あるよね。それに15歳の私にしたら24歳はおじさんに思えてしまうわけで。褒められたけど素直に喜べない。良い人っぽいけど、貴族のお世辞だろうなあ。
それから馬車の迎えの時間まで本を読んで、王都近郊の街についての知識を頭に詰め込んだ。
◇◇◇
ノワール伯は普通の貴族の女性と違って絵画や地理の本に私が関心を持っていることに興味を持っていた。
見目よく穏やかな気性の持ち主で家督を継いだノワール伯爵はかなりモテていた。そのため流行の服と美容と噂話にばかり関心を持つ女性には辟易していたようで。
ちまたに流れる私に関しての情報は貴族年鑑には1行の記載しかなく、社交界にも殆ど顔を出さない変人という噂だ。でも本人に会って話をすれば好印象だし(ノワール伯の後日談)、最近では才女と言う噂もお役所の一部で流れている。絵画や地理に関心があるということは才女という噂が本当である裏付けになるかもしれない。
「皇子の耳に入れておくか。」
ノワール伯は王宮に本を届けるという役目を請け負っていた。その時に1人の皇子に図書館で仕入れた街の情報も一緒に伝えていたのだ。
そんな仕事のことまでは貴族年鑑には記載されていない。私のことがルーデンス殿下の耳に入っていたなんて知るよしもなかった。
ちょっと文章の表現を色々修正しました。




