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私の願い

 執務室の扉を前にして、私は緊張していた。肩で大きく息をして呼吸を整えると扉を叩いた。

 コンコンコン

 いつもは執務室に呼び出されて行く私が、「これから行く」と先触れを出した時点で、父も何かいつもと違う私を察してくれたと思いたい。


「サウザント伯爵。アーシャマリアです。」

「ああ、入りなさい。」


 私はお父様とは呼ばず、サウザント伯爵と声かけをした。私の気合いが呼び方に出ちゃったわ。

 普段と変わりない父の返事が返ってくる。

 扉を開け、執務室に入ると父は窓に身体を向けていて、扉からは背中側しか見えなかった。つまり、父は私に背を向けていた。

 新年を迎えて下ろしたばかりのしわのない服の上下が私の目に映る。


「お前からわざわざ用件があるとは珍しい。ゲランや他の者は来ないようにしてある。何か私に言いたいことがあるのだろう。言うがいい。」


 父はそう言うと身体を私の方へ向けた。そして私にソファに腰掛けるように促す。

 上目遣いで見やると父は茶色い髪に茶色い瞳。良くある色味だ。40歳代の割には目尻にしわも少なく、一癖も二癖もあるような人物には見えない。相変わらず、強い押しには負けてしまいそうな雰囲気を持っている。よく社交界をうまく渡っていけているものだ。

 いかにも意思の強いフローレ様のサポートのおかげなのだろう。


 呼吸を整え、一気に言う。


「まずはお父様、私の誕生日が花迎えの月の25日であることは覚えていますか? 私はその時に成人を迎えます。」


 思わず下を向きたくなるけど、本当に伝えたいことは相手の目を見て話さなくては伝わらない。私は父の目をジッと見つめて話を始めた。


「私は今まで自分から誕生のお祝いをお父様にねだったことがありません。お父様の娘として、最初で最後の願いをかなえて欲しいのです。そしてその願いをサウザント伯爵として認めて欲しいのです。」


 ここまで言い終わった私には世界が無音になったような気がした。

 父の返事を待つ。


「…願いにもよるが、言ってみるがよい。」


 威張るわけでなく、平静な声が返ってきた。


「私は成人を機に貴族戸籍を抜けたいのです。…先日、図書館の法律書で見つけました。貴族と平民のあいだに生まれた庶子は成人をもって自らの属する戸籍を選べると。自ら申請をすることによって。ですから、私は貴族戸籍を抜け、平民戸籍に属することを選びたいと思っております。」


 ここまで私は一度も父から目をそらすことなくいた。

 私の固い決意と真剣な思いは伝わっただろうか?


「平民になったあかつきには、サウザント家とは一切関わりがない立場を貫きます。このお屋敷には立ち入りません。サウザント家にはご迷惑はかけません。私が居なくなれば、フローレ様のご不興をかうこともなくなります。私を嫁がせるときに持参金を用意することもありません。事務関係のお手伝いはどなたかにしっかりと教え込めば、私程度のことは苦も無く出来るはずです。ですから平民戸籍に属することを申請することをお許しください。」


 私は再び一気に話した。

 私も父も互いに目を見つめ合ったままだ。


「アーシャマリア、お前の利点は何だ?」


「…1人の人間として暮らすことが出来ます。…今の生活では、衣食住は平民と比べたらずっと恵まれていることは分かっています。でも周りの人との関わりのなかで感情を出すことが出来ません。対等に話のできる友人が欲しいのです。そして平民であった母のように自分の力で生活したいのです。」


 使用人のように扱われているのだから、平民になって好きなように暮らしたいってのが本音だけど、これは口に出しちゃダメだもんね。

 上手く伝わるか不安があるけど、父達のプライドを折らないようにしつつ、意見をしなければ。


 良くも悪くも父はまわりに気をつかいすぎる。それも中途半端に。

 市井の中で貴族との間に生まれた子を育てるのは大変だろうと考えて母をお屋敷に囲いつつ、フローレ様の顔色を伺い、結局2人ともを傷つけていたことに気がついているのだろうか。さらに中途半端な身分の私が結果、皆から異端の者として扱われていることに。


 庶民のたくましさを持っていた母と暮らした経験を持つ私だから、こんなに寛大に周りを許しているって皆分かっていないだろうなあ。

 我ながらよくこんな良い子に育ったと思うよ。対貴族の社交術は苦手だけど。

 私だけがお屋敷に引き取られていたら、卑屈で根暗なプライドだけ高い貴族のアーシャマリアが出来上がっていただろうな。


 そんなことを考えていたら、

「…そんな法律があることは知らなかった。その本を借りて来るがよい。それから改めて考えてみることとする。」

 と父の言葉。

 執務室にそれ以上居られる雰囲気ではなくて、お辞儀をして私は退出した。



 思っていた以上に緊張していたみたいで、退出すると同時に深い息を私は吐き出していた。ギュッと強く手を握りしめていたようで手のひらには爪の痕がクッキリと残っていた。

 取りあえず、父に言うことは出来た。

 考えてみるという言葉は引き出せた。

 貴族相手の交渉の第一歩としては上出来だろう。



 年始めの月の2日までは国内の色々な場所が休みとなっている。だから3日から王立図書館も開館となる。

 父の命を受け、私は再び馬車で王立図書館へと向かった。あの貴族に関する法律が載っている本を借りるために。フローレ様から贈られた外出用の服をまとって。

エフェルナンド皇国の暦は7日4週で一月となります。1月は年始めの月、3月が花迎えの月です。


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