年末年始
風もなく穏やかな冬の日、年末の大掃除とばかりに自分自身を磨き上げるお姉様方を尻目に、私も侍女服もどきを着て、お屋敷の大掃除の戦力として奮闘していた。
自ら使用人と共に掃除をする貴族なんて論外だろう。私が受けた教えで考えても、あり得ないことだ。幼い頃から、お屋敷の大掃除は自然と手伝わされている。大元をたどると誰の指示が出ているかは分かるだろうけど、藪蛇なので深くは考えないことにする。
でも、自分がいつも暮らしている場所をキレイにすることと思えば、掃除することに抵抗はない。いつもの自室の掃除の延長だ。さすがに雑巾がけはやらされないし。
一通りの掃除が終われば、充実感が込み上げる。私は根っからの平民なのだろうと思う。
あとは新年の飾り付けをして終了だ。
年度の最後の日、家族の皆は「新年を迎えるための舞踏会」へ参加するため王宮へ出掛けてしまう。お姉様方の気合いの入りようはいつも以上だ。
零時に新年を迎えると王族の皆様に貴族は新年のご挨拶をするのだ。王様に王妃様はもちろんのこと、皇子達も立ち並んでいるという。皇子達はかなりの美形らしい。年頃の娘達の期待度が上がるのは当然だ。貴族年鑑の似顔絵で見ても整った顔立ちと分かるくらいだもの。
本来は私も王族の皆様に挨拶をするべきなんだけど、ひどい風邪をひいているため欠席となっている。これは毎年のことなのだ。
お屋敷の使用人も一部を除き、「新年を迎えるお祭り」へ参加しに街へ繰り出す。
おしゃべりな侍女の話に耳をすませば、屋台がたくさん出て、新調した一張羅の服で街へ人々が繰り出しているらしい。ちょっと気になるけど、風邪ひいていることになっている私はもちろんお屋敷から出ることは禁止だ。
新年を迎えると同時に、大きな花火の音が街のあちらこちらから鳴り響いてくる。お屋敷に居て聞こえるのだから、外はかなりの音量だろう。残念ながら音だけで、花火は見えないのだが。
母が生きているときは、花火が聞こえると互いに見やり、新年の挨拶を交わしたが、今年は私1人で自室にいる。
キャサリンお姉様からもらった、とっておきのキャラメルの香りのする紅茶を自分のために淹れた。
「新しい年に乾杯。」
ティーカップをちょっとだけ掲げる。
徹夜で「新年を迎えるための舞踏会」は行われるので、家族の皆が帰るのはすっかり明るくなった時間になる。
お迎え時に私は皆へ新年のご挨拶をするのだ。
紅茶を飲み干して、私はベッドへと潜り込んだ。
◇◇◇
家族を迎えるために起きなくてはという緊張感のせいか、まだ夜が明ける前に私は目を覚ました。
私の部屋はお屋敷の一番東側にある。真っ先にお日様の恩恵を受ける部屋なのだ。眩しい西日があたる部屋よりは良いと思うが、客間としてはどうなんだろう。朝寝坊がしにくいよね。
色の落ちたカーテンを開ける。
椅子を窓際に持ってきて、陽が昇って来るのを私は待っていた。
「わあ、きれい。」
空には薄い雲が天頂にわずかにかかっているだけで、薄紫の空が段々と明るくなってくる。
絶好の初日の出だ。
…なんか、幸先いい感じ。
お下がりのドレスの中でも、新年に相応しくいくらか上品にみえそうなものを選び着込んだ。
私は気分良く、舞踏会から朝帰りした家族の皆を使用人と一緒に玄関で出迎える。
チラリと見た皆さんは、徹夜したせいで大層憔悴されていて、「こんなに疲れるなら、私行かなくて良かったかも。」と思うには十分であった。
「「「新年、おめでとうございます。」」」
「おお、新年おめでとう。」
「新年おめでとう。」
「ああ、新年おめでとう。」
「えっ、新年おめでとうですわ。」
「ふぁーあ、新年おめでとう。」
順番に、私達、父、フローレ様、お兄様、キャサリンお姉様、ロザリーお姉様だ。
こうやって玄関ホールで挨拶して新年の挨拶は終了です。
「私は少し寝る。皆、今年もよろしく頼むよ。」
父の言葉をきっかけとして解散です。
さすがに新年から慌ただしく何かをするってこともない。
人も少ないので、私は調理場で自分の朝食のためのオムレツを作り、ゆっくりと自室で朝食を食べた。
その後、吐く息が白い中、庭を散策して過ごす。身が引き締まる寒さなのにソワソワと浮き立つ気分をなだめ、穏やかに優雅に私は歩き回った。
そして父が起床して遅い朝食を摂り、執務室に居ることを確認した。
私が訪れるという先触れの伝言を侍女にお願いする。ちょっと面倒くさそうな顔をしたが断られなかった。良かった。
時間を見計らって、私は父のもとを訪ねたのだった。
私は、今日のこの今こそが父に「あの事を話す」に相応しいと考えたのである。




