寒い冬の日
うーん、世の中計画通りには中々上手くいかないものだ。それでも少しずつ変化は起きていると思いたい。
冬になると父の仕事の手伝いは減ったが、夜会や舞踏会が多く開催されるのに合わせて、家族から私にお願いされるドレスへの刺繍が多くなった。
以前父は「私のお屋敷での待遇改善をする」みたいなことを言っていたが、現実はたいして変わっていない。相変わらず貴族としては中途半端なむしろ使用人に近い扱いだ。まあ、扱いがヒドイ方が「平民になる」申請をするときの根拠の一つとなると思うので、今ではウエルカムなのだけど。
ただ、父と事務仕事をする機会が減ったことで、「平民になりたい」と言い出す機会もないのだが。
私が16歳になるのは春の初め、花迎えの月だ。まだ時間はある。
「アーシャマリア、今度のドレスは濃い桃色なのよ。それに合わせて薄桃色のオーガンジーのスカーフに花の刺繍を入れてちょうだい。」
ロザリーお姉様が私にいつものお願いをする。自分を流行のもので飾り立てることに余念がない。
夏に私が提案したオーガンジーのスカーフにリアルな刺繍をしたものは、私の読みどおり、今まだ流行中だ。
刺繍が上手い姉妹と名の通っているお姉様方は、刺繍が豪勢に入ったドレスを纏うことが多い。だから私が刺繍する機会が多いのだ。でも、父が何か言ったのか最近では、仕上げた品物を渡すと、ご褒美とばかりに、身を飾るものやお菓子をもらうことが増えた。
すっかり寒くなったこの頃では、お屋敷のあちこちの暖炉に火を焚いていても肌寒い感じがする。
庭師小屋に行っても、そこで長い時間を過ごすには寒すぎた。ほこりが溜まりすぎないように、はたきをかけるのがせいぜいだ。
父にバレていた街行きも、陽が短いため、行く時間がなかなか取れないでいた。
バレたけれど、相変わらず街へ行くときは侍女服もどきで、崩れた壁を越えていくのは変わらない。どこかで誰か見ている?と辺りを時々見回してみるけど、誰も見当たらず…でもきっと監視だか護衛だかがいるのだと思う。女子貴族1人で出歩くのは危ないもんね。でもそんなことしているくらいなら、馬車で街まで連れて行ってくれれば良いのに。
もう、誰に見られていてもいいやと開き直り、最近ではよく屋台で買い食いをしたりする。最近のお気に入りは甘く煎った栗だ。少量でお腹も膨れるし、持ち帰ることが出来るところがいい。
私は紺色のマントの襟をしっかりと留めて、その上に毛織りのストールを巻いた。
今日、なじみの洋品店に買い取ってもらう予定のストールをだ。無地の毛織りの布なら刺繍で華やかに出来るが、最近流行のチェックの柄入りの織りだと刺繍は映えない。そこで考えたのがレースとの組み合わせだ。縁にレースを縫い付けることで華やかさが増す。立体的にレースを縫い付けて花のようにするのだ。見本を兼ねたストールと共にこのアイデアも買い取ってもらおうと考えている。
こういうことしているのも、父に伝わっているのかあ。
でも今のところ何も言われないから、フローレ様には伝わっていないのだと思う。プライド高いから、職人のまねごとしていると知ったら絶対軽蔑されるよね。ヘタしたらもう二度と売れなくなるかもしれない。それは私も店も困る。
今日も無事に毛織りのストールとアイデアを買い取ってもらい、その足で手芸用品店に足を伸ばす。レースも編めるけど、あまり凝ったものは作れないので買ってしまう。それと刺繍糸を新色含めて色々と少しだけ。
今、たくさん買ってもレース代や刺繍糸代はもらえないから…私が出掛けて買っていることは一応秘密。見本として物を渡して、必要な物を誰かに買ってきてもらうのだ。そうやって自分の出費は抑える。
冬の夜は長い。
お姉様方が夜会へ出掛ける準備のお手伝いする機会も増えた。呼ばれて各部屋へ行く。
お手伝いと言うより、自慢されたり、ドレスを見せびらかされているけど。私は髪はいじれないし、せいぜい言われた物を手渡しするくらいのことしか出来ない。
あとはお姉様方が気分良く家を出られるように見つけた美点を褒め称える。貴族の令嬢同士の褒め殺しに慣れているだろうから、私の褒め言葉なんてたかが知れていると思うけど。
さらに出掛けないかわいそうな私が「舞踏会、素敵な光景なんでしょうね」とか言えば、優越感が刺激されるようで、お姉様の顎があがり、目がキラキラしてくる。
最近では、皆が夜会に出掛けた日のまかない料理が楽しみの一つだ。
寒くなって大鍋での煮込み料理が多いのだ。汁タップリで熱々。貴族の夕食ではちょっと出されない。ごった煮みたいなものだからね。
調理場へ顔をだすようになってから、まかないをもらいに行った時に冷えた食事をもらうことがなくなったのは嬉しいことだ。
夜会や舞踏会から帰る家族を待つのであれば、玄関の控えの間で気兼ねなく、ランプを灯し、暖炉に火をいれて、お屋敷の図書室から持ってきた本を読んで待つことが出来る。
皆が一斉に帰って来ると、父以外は赤い髪なので、玄関がいきなり昼のように明るくなった気がしてしまう。でも不躾な視線は御法度なので、他の使用人と共に頭を下げるのだけど。未だに私の頭に刺さるフローレ様の視線は痛い。
◇◇◇
「そういえば、今日の夜会でデンバール伯爵に、アーシャマリアは夜会に来ないのか?って聞かれたわ。」
「キャサリンお姉様、私もよ。アーシャマリアは自宅から出ないって本当か?って、ケイオス侯爵に聞かれたわ。」
「あんた、何かしたの?」
玄関で帰宅したお姉様方をお迎えし、私は「いいえ。思い当たることはありません。」と静かに首を振る。
デンバール伯爵にもケイオス侯爵にも面識はない。
私が知る貴族年鑑の記載では、どちらも父よりやや若い、王宮のキャリア官僚だ。
「いつものように、家から出たがらない社交に興味のない偏屈な娘って答えておいたわ。」
「そうそう、私もよ。」
「なんか家から出ないのに噂になるなんて気持ち悪いと思わない?」
お姉様方2人は顔を見合わせ、「怖いわね。」と肩をすくめた。
私だって、話もしたことがないおじさんの話題になるなんて遠慮したい。??が頭を飛び交っている。
貴族年鑑にはたった1行の記載のみ、会ったことがあるとか顔を知っている者さえロクにいない私の噂は、社交界の一部で広まっていたのだった。幻の人物ということで想像だけが更に大きくなっていたのだった。
そのことは私も家族も知らないことであったけど。




