父との会話
父とお兄様が貴賓席へ戻って来ると収穫祭は終わりとなり、私達は馬車に乗り別宅へと帰宅した。
別宅では私を別扱いする者もなく、私を1人の貴族として扱うので、王都のお屋敷の使用人達とのあまりに違う態度に、戸惑ってしまう。
「お帰りなさいませ。」
父とお兄様に続いて玄関に入った私への言葉に身体が強張り、足が止まる。何て返したらいいのか?
そんな私を見てお兄様は「貴族らしい振る舞いをしないと、皆が困るぞ。」と額にしわを寄せて小声で言ってくる。
これってご褒美じゃなくて、新手の嫌がらせじゃないのかという言葉を飲み込んで、「出迎えありがとう。」と顔を上げて声をかける。
髪の色で私が誰かわかるだろうに。私を見る目に侮蔑の色はない。
父とお兄様に「おやすみなさいませ。」と挨拶をして別れた。
客室に通されると、私のために湯の用意がされていた。
「お疲れでしょう。」といたわりの声をかけられ、髪を解かれ、服を脱がされる。…お姉様方のを手伝って、見たことはあるけど、自分が実際にされたのは初めてだ。続けて身体をながすなんて言われたらたまったもんじゃない。慌てて言う。
「後は自分でするから、部屋から下がってちょうだい。」
ちょっと上からな、お姉様の口調を思い出して言う。2人いた侍女は言うとすんなり部屋から出て行った。
…湯に浸かるなんて、何年ぶりだろう。
荒れた貴族とは違う指の間からサラサラと湯が流れていくのをボーッと見ていた。香油が入っている。
「いつもは湯をもらってきて、身体を拭うだけだもん。これもご褒美っていうなら有り難く受け取っておかなくちゃ。」
髪と身体を洗うと、身体中が花の香りになった気分だった。
湯からあがり、髪を乾かすことだけ侍女に手伝ってもらった。
後は呼んだときだけ来るように言って、部屋には私1人となる。
「いつもこんな生活していたら、貴族なんて止められなくなっちゃうよね。」
思わず自嘲めいた笑いがこぼれた。
そしていつもより肌触りの良い寝具に囲まれて眠りについた。
翌朝、朝食が済むと早々王都のお屋敷への帰宅となった。
普段、私から父へ話しかけることはめったにないが、言わなくてはならないだろう。今なら色々聞いても話してもらえそうだ。
馬車に乗り込む前に、父へと声をかける。
「この度は感謝祭に連れて来ていただき、ありがとうございました。」
いつもの流行遅れのドレスの裾をつまみ、淑女の礼をとる。
父は目を細め、ちょっと困った顔をした。
「感謝祭を楽しんでくれて良かったよ。アーシャマリア、お前と一緒に仕事する機会が増えて、お前への扱いが少々良くないと思ったのだ。フローレのお前への心証を考えると王都の屋敷での扱いはそう変えることは出来ないが、改善をさせようとは思っている。」
役に立つ私と一緒にいる時間が増えたことでやっと私への情がわいたのか…それでも父の一番はフローレ様であることに変わりない。
「イレイスを私の護衛として会わせた意図は何ですか? 将来的に嫁に行く先となるのでしょうか?」
「イレイスと会ったのか? 離れて護衛するように言っておいたんだが。…お前の書類事務能力は高いのだ。ドルシエ先生に提案されて清書と計算をさせたのだが、今では後の仕事を考えて書き方を変えたり、計算をしているだろう。出来上がった書類を見た者はその出来栄えから作った者を気にする。イレイスはお前をかなり高く評価していたぞ。…だが、どこに嫁に行くであれ、お前の兄や姉を差し置いて嫁に行かせることはない。」
はあ、聞きたかった答えはもらえた。
「それに行かせない私が言うのもなんだが、お茶会や夜会に出席しないお前の評判はあまりかんばしくない。嫁にと請う家はないものと思え。」
おお、貴族の嫁に望まれないとはむしろ大歓迎。
思わずにやけてしまった顔を見られないように、下を向いたまま私は「わかりました。」としおらしく返事をして、父達と一緒の馬車に乗り込んだ。乗り込むとき、一瞬まわりを見て、見送りのためにいる使用人に向かい、貴族の微笑みを贈る。
その後、私は無言で馬車の窓から遠くの景色を見やり、「平民になる」計画を改めて練りだした。
つかの間の貴族扱いは単なる楽しい思い出になったにすぎない。
私が貴族でいることへの執着にはならなかった。




