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収穫祭

長めです。

 薄暗い広場の中央、私に目の前には高く積まれた材木に火が灯され、赤々と燃えている。

 火を取り囲むように大勢の人が陽気にダンスしている。ダンスと言っても音楽に合わせて身体をゆらしているだけだ。

 更にその周りには食べ物の屋台が並び、香ばしい脂の焼ける匂いと、甘い菓子の匂いが入り交じって漂っている。そして頬を赤らめ、酒を飲む人々がテーブルに陣を取っている。


 空は藍色から漆黒へと色を変え、いつの間にか星がきらめいていた。


 ここはサウザント家の領地。ハウプト。この町にサウザント家の別宅がある。

 今、町の郊外の広場で「収穫祭」が行われている。

 秋の収穫後の書類事務や雑務をこなした後、よく手伝ったとご褒美に私はここに連れてこられた。


 父とお兄様は町長と新酒のワインを酌み交わし、何かを楽しそうに話している。

 私は父達のテーブルの隣のテーブルで1人軽食ををいただいているところだ。

 こんなに平民が多いところにフローレ様とお姉様方が来ることはないだろう。まして野外で平民と一緒に飲食なんてできない。父は形だけでも女の家族をここに連れてきたかったのかなと思う。


 町長や町の有力者と挨拶をした後、私はただただニッコリと椅子に座っていた。貴族のマナーで。気品と威厳を見せつつ、平民を見下すような振る舞いはしないようにして。あんだけドルシア先生に仕込まれたのを披露する良い機会だ。

 でも何も話が弾まないお嬢様と一緒にいても、楽しいわけでないだろう。目の前には楽しい場が設けてあるのだ。

 町長の奥様や町の有力者の奥方も私に話しかけてきたが、華のない私と型どおりの話をすると、皆私の目の前からは消えていった。


 …そのまま私は会場を微笑みつつ、見渡していた。


 しばらくすると、父とお兄様は他の人達を労いに行くとかで場所を移動することになったと言いに来た。

「はい。わかりました。私はこのままここで待っていますわ。」

 そう返事をすると、父は私にこの広場の中なら自由に歩き回っていいと言うではないか…。

「お前が街に時々行っているのは知っている。この広場は入場制限してあるから、危険人物は居ないはずだ。1人で見て回っていい。1時間後ここに戻ってくるように。」

 そう小声で私に話しかけると小銭を私に握らせ、離れていった。


 ただ目の前のティーカップをジッと見つめる。冷たくなった紅茶をグッと飲み干す。

 父が私の行動を知っていたという事実。知っていなくてはむしろいけないのだろうけど、知られていないと私は思い込もうとしていたのだ。

 そして今、父が私をここに連れてきた本当のご褒美が、この「自由に収穫祭の会場を歩いて回ってよい」なのだと理解する。


 今、私はあのミルクティー色のドレスを着ている。地味なので腰には他のドレスの緑色のベルベットのリボンを重ねた。胸元には蝶の刺繍を入れた若草色のオーガンジーのストールを巻き、キャサリンお姉様から頂いた花のブローチで留めている。

 別宅の侍女は私の髪を当たり前のようにハーフアップに整え、薄い化粧を施してくれた。1人の立派な貴族の出来上がりだ。


 花のブローチをはずし、ハーフアップの髪を降ろして片側一つにまとめる。そして主賓席からそっと収穫祭の会場へと足を踏み入れた。

 薄暗い広場でなら、ちょっと着飾った娘くらいにみえるだろうか。



 遠目に見ていても気になっていたものを近くで見るのだから、ワクワクが止まらない。

 夜にお屋敷以外の、それも外にいるなんて初めてだ。

 広場にある屋台も王都で見かけるものとは違う。私は品良く…と心掛けていたのだが、好奇心が勝って熱心に見やってしまう。


 炎の明かりできらめくガラス細工の髪留め、繊細なレースの襟かざり、小さな生花のブローチなど貴族にとっては安物の小物ばかりだが、可愛いものには安いも高いもない。目がいってしまう。

 鶏肉を油で揚げたもの、スペアリブのステーキ、小麦粉の団子を揚げたものに砂糖がまぶしてあるもの、果物を飴で包んだものなど、王都で見かけたものもあるし、初めて見る食べ物もある。


 人のざわめきが大きい。

 酒場は騒がしいところと知識では知っていたが、そこと同じような感じになってきているのだろう。


「ドレスに肉の脂がたれると後が大変だ。食べたいだろうけど、立ったままで肉を食べることはお勧めできないね。」


 耳元で声がして、思わず振り返る。

 そこにいたのは25歳くらいの焦げ茶色の髪と目を持つ青年だった。貴族というにはラフで質素な服を着ている。頭の中で貴族年鑑をめくるが、何人か候補は浮かぶけど確信には至らない。


「こんばんは。アーシャマリア様。僕はイレイス モントレー。サウザント家領地ハウプトで会計監査の仕事をしているよ。君の父上に護衛を頼まれていたんだ。ちなみに貴族じゃない。だけど、ここで敬語を使うのは無粋だから使わないよ。」


 あっけらかんとした口調でいながら、私の反論は許さないという、いかにも口の達者そうな人だ。私に関する情報は父から得ているのだろう。父の言っていた「自由に歩いてよい」ってのはどこにいったんだ?


「お行儀の悪いことはしませんわ。お菓子を買って戻るだけです。」

「ふーん、じゃあ、お勧めのお菓子を教えてあげよう。このリンゴを飴でコーティングしたのは収穫祭でしか手に入らないんだよ。リンゴの中にも蜂蜜が入っていて、僕にはちょっと甘すぎるけど、お勧めだね。今買うなら、クレープもいいよ。食べたことないでしょ。手で持って食べるんだよ。小麦粉を焼いた生地でクリームと果物をくるんだもので、女の子には人気だね。」


 イレイスは私の側でよくしゃべること。チラッと見ればニコッと笑みを返してくる。…こんなことされたのは初めてで。思わず視線をそらしてしまった。

 触ってくるわけでないし、一定の距離を保ってくれている。でも、何でこんなに馴れ馴れしいの? 人慣れしていない私の身体がこわばってしまう。


「そんなに警戒しないでほしいな。君のつくる書類はたくさん見てきたよ。綺麗な字で見やすい正確な書類だったから、どんな子か楽しみにしていたんだ。君だって僕の書いた書簡や書類をたくさん見ているはずなんだよ。」


 父やお兄様は、この男の人にどんな情報を渡しているんだ?

 …もしかして、ゆくゆくはこの人の嫁にして、私をずっとサウザント家の事務係にするつもりか? それなら近寄るべき相手じゃない。


 それから私は出来るだけイレイスとは距離を取り、蜂蜜入りリンゴ飴と骨付き肉を買って、最初のテーブルに戻った。1人だったら髪飾りでも買ったかも知れないけど、イレイスが側にいるかと思うと自分を飾るものを買う気にはなれなかった。「プレゼントする」なんて言いそうだし。

 席に着くと私はナイフを持って、さっきの骨付き肉を食べた。貴族の娘としてどうかと思うけど、なんか腹立つのよね。


 そんな私をイレイスは面白そうに眺めていた。本当は離れた所から護衛するように頼まれていたのに、気になって側に行ってしまったことは黙ったままだった。

父、ダメダメでいこうと思ってましたが、動いてきました。ヒロインを褒める人が欲しくてイレイスを出しましたが、今後も出すか思案中。

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