過ぎていく日常
ちょっと文章直しました。
父やフローレ様は私をお茶会や夜会には参加させる気が無いようだった。私の姿を他家に見せたくないのか、お金を使って着飾らせるのが嫌なのか…単にほおって置かれているのか。
きらびやかな世界を見ることはないが、代わりに貴族の見栄や悪意に直接さらされることもない。ある意味、守られていたとも言える。
それなのに私が図書館へおつかいに行ってから少し経ってからの夜会で、父はノワール伯に話しかけられてしまった。
「お久しぶりです。サウザント伯爵、先日、私はアーシャマリア嬢と初めてお会いしましたよ。今日の夜会にはいらしていないようですが、お元気に過ごしていますでしょうか?」
ノワール伯の口から私の名が出て、父はかなり困惑したらしい。フローレ様が側に居なかったのは、私にとって幸運としか言い様がない。
図書館勤務と古美術係、地味な仕事同士の交流が多少あり、面識があったらしい。
翌日、いつものように書類を預かりに執務室に行くと、父に「ノワール伯と何を話したんだ?」とか「心配されるような振る舞いをしたのか?」と言われてしまった。
「特に何も…」
としか私には言えず。あのボーッとしたの見られていたんだなと思ったけど。変人と思われたと思うとは言えないし…
父はともかく、フローレ様の不興は買いたくない。幼い頃に扇で叩かれたのは私の大きなトラウマとなっている。
何処かでノワール伯にお会いしても近づくのは止めようと私は誓った。貴族の友人知人は作りたくない。
その後も私が夜会やお茶会に出席するように言われることは無かったけどね。
書類事務のお手伝いの合間に、私はお屋敷を抜け出しては平民の暮らしを観察するために街へ向かった。
私が平民になったとしたら、王都には住めない。住みたくない。
普段足を向ける街の人達の何人かは、私がどこの誰かは知っているが、大っぴらには言わないでくれている。
だからこそ、どんな理由であっても、平民になったら格好の噂の種となってしまうだろう。
かといって貧民街は怖くて住めないし、王都の外の街へ辻馬車にでも乗って行くしか無いかなと思っている。十代女子1人でも、のんびりした田舎だったら暮らせないかなあって思っているんだけど…情報収集しなければね。
何処かに居を構えるときに必要となるのはまずお金だ。
だいぶ前からコツコツと母と一緒に貯めてきた貯金はあるが、大した金額ではない。
もう少しして成人して平民になることを考えるともう少しお金を貯めなくては!
ハンカチに刺繍したものは小遣い稼ぎ程度のもうけにしかならなかった。刺繍が流行って来ている今、もう少し稼いでもいいだろう。と、考えたのが一年中使えるオーガンジー生地のストールに刺繍を施すというもの。
そして柄に一ひねり、図鑑を見て花や蝶の刺繍を本物っぽく刺す。そうすることで本物の花をまとっているように見えたり、蝶が肩に止まっているように見せるのだ。これなら貴族がドレスの上に羽織っても様になる。
なじみの洋品店に持っていくと、店主はたいそう喜んでストールを買い取ってくれた。もっと数が欲しいと言われたが刺繍を私がするのは書類事務の合間なので、少々無理だった。そこで図案を店主に買わないか持ちかけてみる。
なんと図案を買い取ってもらえたのだ。
自分のアイデアと図案がお金になった。これは自分にすごく自信が付いたし、技術だけがお金につながるのではないことを知ったのは、今後色々と応用できそう。
貴族の令嬢は、お茶会や夜会で他人との駆け引きを覚えるが、私は街の店主と交渉するなかで駆け引きを覚えたってこと。
そうそう、屋台とかで値引きをお願いするのも交渉だよね。
貴族が値引きしてもらうのかって?
限られたお金は大事に使わなきゃ。
…その後も、事務仕事のお手伝いで父と顔を合わせることはあっても、「成人時に平民になることを選ぶ」ってことを言い出す機会は全くなくて、機会が無ければ交渉すら出来ず、ただ時間だけが過ぎていった。
あのミルクティー色のドレスを着る機会も無いままだった。
ある日、お屋敷の廊下でドルシエ先生会ったとき、すれ違いざま「歩き方が上品でない。」と呟かれてしまった。
やっぱりなあ。
街へ行ったときは、貴族と気付かれにくいように、やや大股でドスドスと歩くように心掛けている。侍女服もどきは大きく広がったドレスでないから、振る舞いかたも自然と雑になる。外とお屋敷での立ち居振る舞いは分けていたつもりだったんだけど、甘かったかあ。
そして翌日、お姉様方がダンスのレッスンをするときに私も呼び出されてしまった。
お屋敷で家族に会うときはドレスを着用する。今回はダンスなので靴もハイヒール。
そのまま最新のダンスのステップをしこたまドルシエ先生に仕込まれてしまった。…先生、私、夜会に行かないのでダンスを踊る機会が無いんですけど。とは言えず。先生も知っていると思うのだけど。
久しぶりのダンスなのに、街まで出掛ける健脚の持ち主である私は疲れ知らずでした。
それなのに、翌日、私が普段使わない筋肉が悲鳴をあげ、上品以前にギクシャクとした変な歩き方をしてしまったのは仕方ないよね。
それを見たドルシエ先生からマナー作法のチェックを受けることになるとは…毎日お茶を淹れる宿題が出ましたよ。
忘れた頃にドルシエ先生はやって来る…どこかで聞いたような言葉だな。
ドルシエ先生は私が貴族の一員であることを忘れさせてはくれない。
相変わらず説明が多くて申し訳ないです。舞踏会の時系列まであともう少し、お付き合いくださいませ orz