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お姉様のお願い

 用がなければ、私がフローレ様やお姉様方には食事の時にしか会うことはない。

 私にとって、貴族としての会話は食事の時に覚える物だ。主にお姉様方がする貴族間のうわさ話や流行は、聞き耳を立てて手に入れる。だから知っている話題が偏っているだろうと思う。それでも何かの役に立つかも知れないし。貴族として外に出ることの殆どない私には、話を聞いていても想像すらできないことも多いのだが。


 そんな私が想像できないことの一つが騎士様だ。

 街の警護をする衛士は騎馬に乗って巡回しているところを見たことがある。

 社交界デビューの時に会場に居たかも知れないが、帯剣している訳で無し、自分は緊張しているしで、どの方が騎士かなんて区別がつかなかった。物語の挿絵の印象しかない。

 貴族年鑑でどなたが騎士かは知っているけど。


 あとは上位貴族も社交界デビューの時にチラッと見ただけだ。

 王族へのご挨拶に私が連れて行かれたことはないし、私にとって会った王族は社交界デビューの時にすごく遠くに居るのにキラキラして見えた方々だ。似顔絵は貴族年鑑で見ているけど。


 キャサリンお姉様は上位の貴族との結婚を狙っているらしい。もう18歳だし、年々目が肥えてしまった今、結婚相手に妥協はしたくないらしい。

 そんなお姉様の作戦が、刺繍が上手いことアピール。ようは私に刺繍させたハンカチを殿方にプレゼントするというもの。


 私が洋品店に卸していたハンカチが巡り巡って、今や貴族間で刺繍入りハンカチは流行り物の一つとなったようだ。

 小銭稼ぎに刺した柄は単なるイニシャルだけだったけど、私がキャサリンお姉様のために作った柄はイニシャルに深紅のバラの花が絡み合う物。これを持ち歩き使うことで「自分は刺繍が得意」と触れ回ったらしい。その挙げ句、「これほどの腕前なのだから、意中の殿方にハンカチをプレゼントしたらきっとすごく喜ばれる」とどなたかに言われたらしく、私に刺繍するようにお願いしているという訳だ。


「アーシャマリア、お願いがあるの。」


 こう家族に言われた時のことは断れない場合が多いことはすでに学んでいる。


「レイブン様に素敵なハンカチをプレゼントしたいの。刺繍をして欲しいのよね。お願い出来るかしら?」


 私はカボチャのスープを飲んでいたが、スプーンを食卓に置き、ナプキンで口をぬぐって、やや下目線でキャサリンお姉様に向き直る。そして断るという選択肢のないお願いを聞き入れた。


 キャサリンお姉様のお願いしてきた刺繍は少々厄介なものだった。

 自分のイニシャルとお相手のイニシャルを入れるだけならいい、更にそこにお相手の家の紋章を入れろと言うのだ。

 貴族年鑑を見れば、紋章はわかる。けど白黒なんだよなあ。何処かでちゃんと色の確認して来なくては。辺境伯なんて上位貴族へのプレゼントだもの、ヘタなもの作れない。


 幸い、食事時のお願いであったため、父の耳にもその場で入った。キャサリンお姉様のお願いは父のお手伝いより優先事項であったようで、しばらく事務仕事はしないで良いとなった。


 どういう訳だか、ロザリーお姉様も刺繍が上手となっているようで、サウザント家の娘達は「貴族のたしなみを超えた刺繍の名手」と呼ばれているらしい。「私達お茶会と舞踏会で忙しいから」と言われていくつか刺繍を刺した記憶はある。

 あの、どれも皆私の作品だと思うのですけど…いつかボロが出ちゃったらお姉様方どうするんだろう。巧みな話術で誤魔化すのかなあ。

 まあ、大っぴらに刺繍が出来るんだもの、良しとしなくちゃね。


 大変なこと、困ったことを前向きに捉えるのは母から受け継いだ私の美点と思っている。ただでさえ、下向いて暮らしているんだもん、せめて心は上向いていなくちゃ。


 それから庭師小屋にせっせと通い図案を起こし、侍女服もどきを着てお屋敷を抜け出し、街の上位地区へ足を伸ばして、何とかレイブン様の家の紋章旗を目にする機会を得た。上位地区はほんとに遠くて大変だった。

 キャサリンお姉様に催促されたので、自室の掃除や洗濯の回数を減らして、刺繍をする時間を増やした。

 そうして完成したのは10日後だった。


 コンコン

 キャサリンお姉様の部屋のドアを私はノックした。完成したハンカチを届けに来たのだ。

 いつ部屋に入っても、花の香りの香水のにおいでむせかえる。色とりどりのクッションが目に入り、女らしい部屋だといつも思う。


「キャサリンお姉様から頼まれていたハンカチが仕上がったので、お持ちしました。」


 キャサリンお姉様がハンカチを手に取り目をやる。その目が嬉しそうに三日月型を描く…ああ、満足してもらえたみたい。

 このハンカチは刺繍部分が多くて、実用性は少ない。壁掛けになりそうなくらいだ。


「さすがね。こんなの見たこと無いわよ。アーシャマリアの刺繍の腕はいつ見ても感心するわ。これならレイブン様に私のことはしっかり印象づけられるわね。」

「褒めていただき光栄ですわ。時間がかかりましたがその分良いものが出来たと思っております。」


 キャサリンお姉様の機嫌が良さそうなので、今回はいつもより大変であったことを言葉に匂わす。

 さすがお姉様、いつもより話す私の意向を汲んでくださった。


「これをあげるわ。」


 手渡されたのは花をかたどったブローチであった。…かなり機嫌が良いらしい。街で私が見るものよりずっと高級そうな品だ。

 ありがたく受け取っておく。

 私が身に付けることは無いだろうが、将来お金が必要なときに換金できそうだ。


 今回の件では一応報酬も得たし、刺繍の技術も向上出来たし、街へ行く機会も多くとれた。


 誰かのためにプレゼントを用意する…完成したハンカチを愛おしそうに見つめるキャサリンお姉様が印象的だった。恋しているのだろうか? 私もいつか殿方へのプレゼントとして刺繍を刺すことがあるのだろうか?


 しかし、完成してホッとしたのもつかの間、キャサリンお姉様からハンカチを見せてもらったロザリーお姉様から、エルマー様へのプレゼントにするハンカチを頼まれてしまうのであった。

 予想はしていたけどね。












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