9話 謀(はかりごと)
「武略については言うまでもありません、戦場での駆け引きについてです、
これについては初陣までにおいおい教える事となりましょう。」
宿としている商家の部屋で義母は若君に教えていた。
「計略とは謀にて相手を攻略する事、まあ相手をだます事ですね。」
「そして調略とは敵対するものを味方につけるための謀です、
例えば敵の配下の武将を味方にさせて寝返らせたりする事ですね。」
「勢力を伸ばし強くなるには戦にて敵を屈服させる事が必要でもあります、
ですがそれだけでは大変ですなぜかは判りますか?」
「戦をすれば兵が疲弊するからですか?」
「それだけではありませんよ、兵は元をただせば領民ですね、彼らが疲弊し失われれば、
当然領地の収入が落ちてきます、判りますね。」
「はい、そして戦には金がかかる・・・そうか、調略は力を失うことなく勢力を伸ばす策なのですね。」
「その通りです、調略は地味ですが大切なことなのです。」
「はい!」
「ですが、忘れないでください、{策士策に溺れる}という言葉があります、
謀り事にかまけていると信を失い、すべてを失うことになりましょう。」
「・・・」
「相反する事を言っているのは判りますね、ですがそれでもやらねばならぬのです、
それでしか小さき者が大きな者を倒す事など出来ないのですから。」
「うまくは言えませんが判ります、心して謀は使います。」
「ええ、そうしてください。」
★
翌日、若君は皆と街を見物して回っていた。
「市の賑わいぶりは凄いですね、毎日と言うのが驚きです。」
「決まった日に市が立つ我らのところとは違いますからな。」
そういいながら歩いていくと。
「物盗りだ!誰か捕まえてくれ!」
前方で声がしたと思ったら此方に駆けてくる小柄な影が見えた、
周りの人垣が割れてその姿が露になる。
どうやら物盗りと呼ばれたのはその者らしかった。
そこらでよく見かける野良姿だが顔が判らぬように被り物をして顔を隠すように、
布切れで顔を巻き見えているのは目の周りだけである。
手には布包みがありどうやら盗ったのはその包みのようだった。
若君の前に弟がずいと前に出る。
「ここはお任せを。」
そして迫る物盗りに相対する。
物盗りは弟を見て若干足が鈍ったが、思いなおしたのか逆にその足を速めた。
「シッ!」
弟が抜刀し切りつける、それを寸でのところでかわす物盗り、
そしてはらりと落ちたのは先ほどまで物盗りが大事に持っていた包みであった。
物盗りは刀を避けようとして手に持っていた包みを落としたのであった。
しばらく落とした包みを見ていた物盗りであったが我に返ると踵を返して逃走した。
弟は「後はお任せくだされ。」と言って後を追い、義母が包みを拾い上げた。
「おお、取り返してくれましたか、礼を申しますぞ。」
後を追っていたであろう数人の身なりの良い武士達が声をかけて来た。
声を駆けたのは髪も半ば白くなっている人物である。
「たまたま前に来たので・・・捕まえる事は出来ませんでしたが。」
「いや、こうして包みが無事だっただけでも良しとせねば。」
包みを受け取った老武士はにこやかに笑った。
「爺、包みは取り戻せたか?」
「はい、このお方たちのお力でこうして無事に。」
「おお、良かった・・・ありがたきこと、感謝いたします。」
老武士を爺と呼んだのは若君よりも幾歳か若い子供であった、
身なりも良くどこかの大身の武家の御曹司のようである。
「我が家は守護様をお助けする守護代を代々務める家柄でしてな、
見ればどこぞの御武家の方と見えますが・・・御礼を申し上げたい
我が屋敷まで御同道願えますかな?」
「そのお志だけで十分でございます、連れが賊を追っておりますので
宿に戻り待とうかと思っておりますが。」
「ならば使いのものを宿に差し向けましょう、そうすれば連れの方も安心されましょうほどに。」
熱心な誘いの前に断りきれず、一行はついて行くことになったのであった。
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