4話 海辺の町にて
少しネタバレしそうです。
若君と義母の一行はそれから数日して出立した。
見送るのは祖父一人のみ、皆には内緒の行動だからである。
出発してから三日目に海辺の町に一行は着いた。
眼前に広がるのは穏やかな海とそこに浮かぶ島々である。
生まれて始めての景色に若君は興奮しているようである。
「義母上、あの島は空に浮いているように見えます!」
その言葉に一行は笑い、海辺の道を進んでいく。
「今日はどこに泊まるのでしょうか?」
「もうすぐ市が立つ街が見えてまいります、そこに我が一族の者が商いをしておりまして、
同時に沖の島にあるこの国の一宮の参拝者を泊めることもしております、
今夜はそこに泊まり、明日島に渡り参拝いたす事にしようかと思います。」
義母の弟が丁寧に説明してくれる。
「そうですか、楽しみです。」
このように和気藹々と向うのであった。
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「これはようこそいらっしゃいました、何年ぶりでしょうか、ご壮健で何よりです。」
「お気遣いありがとうございます、明日にも渡海して参拝しようと思っております。」
「さようでございますか、道行きは万全を期して行います。」
店の主人と義母は親しいもの同士の間柄である事を示すような会話を交わす。
それを若君は眩しいものを見るようにして見ていた。
主人は若君の方に向き直り恭しく言葉をかける。
「お初にお目に掛かります、若君様の事伺っております、大層なご苦労をされたとか、
初めての旅でお疲れでしょう、此方でゆるりとお休みいただき、
明日はあちらの宮へお参りください。」
「世話になります、海を見るのは初めてで・・・楽しみにしておりました。」
そう言って目を輝かせる若君に義母は優しく微笑みながら言った。
「前の浜などを少し見て歩きましょうか?そこからであれば島の大鳥居も見えてくるでしょうから。」
一行は荷物を店に預けると浜に向って歩き始めたのであった。
「海とは・・・川や池などと違い、濃い色をしているのですね。」
若君は興奮が隠せないようだ、しきりに海を見ている。
「若君、あそこを見て御覧なさい。」
義母が指差す先には目の前に見えるひときわ大きい島に見える赤い物であった。
よく目を凝らすとそれは海上に浮かぶ鳥居である。
「あれは海に浮かんでいるのですか?」
若君が声を弾ませる。
「ええ、明日はあの島まで行きますから近くに見ることが出来ますよ。」
そう言いながら、砂浜を進んで行く。
そうすると波が砂浜を洗う音に混じって聞こえる音が義母の耳を捉えた。
音のする方に目を向ける。
そこには海に向ってうずくまり、泣いている者の姿があった。
その姿になにかを感じ義母は近づいていく、
若君や弟たちも後をついて行った。
★
そこで泣いていたのはまだ小さな子供である、
海のほうを眺めながらくすん、くすんと溢れる涙をぬぐうこともなく泣いている。
「ここに居たのですか・・・」
後からついてきた主人が悲しそうな顔でつぶやく。
「知っているのですか?」
「はい、この娘は昨日、店に連れてきたのですがずっと泣いているのです。」
「どうして泣いているのですか?」
若君が困惑したような顔で尋ねる。
「じつは、この娘の母親が人柱にされてしまったのですよ。」
「人柱!」
そして、主人は彼女とその母親の事を話し始めるのであった。
「彼女とその母親はこの地の者ではありません、京の近くの国の出なのです、
此方に来たのはその地が戦乱で荒れ果てて暮らす事が出来なくなったのと、
その子の父親がこの国の生まれであったのでその縁を頼んで来たのです。」
「ですがなぜ人柱に?一体どこで・・・」
たずねる義母にいよいよ主人は言いにくそうにして言った。
「この国の守護様が城の拡張工事を行っていたのですが、
新しく作った郭の石垣がどうしても崩れてしまうので占った所人柱を求められたとかで、
たまたま此方に向っていた巡礼姿の親子を捉えて母親を人柱に仕立てたのです。」
それを話す主人は非常に辛そうであった。
「なんて事を・・・」
「余所者で身分も低い者なのであとくされもないと思ったのでしょう、
その母親が子供だけはと嘆願して子供は解放されました、
そして此方で引き取る事となったのです。」
「それは何故?」
義母の弟が聞く。
「母親が持たせていた守り袋の中にここを頼るように書いてあったのです、
あの子の父親は我が里の者、京にお務めで上がっておった者です。」
主人は守り袋の中に記してあった父親の名前を語った、
その名前は義母の記憶にある名前、幼き日の記憶が蘇る。
「では父親は彼なのですか?」
「はい、京での務めの時に戦に巻き込まれ亡くなっておりました、
その時に母親と出会いあちらで所帯を持ったのでしょう、
我らの務めではよくあることではありますが、まさかかの者に子までいたとは、
知らなかった事とはいえむごい事をしてしまいました。」
「でもよく引き取る事ができましたな?」
弟が不思議に思うのも無理はなかったが主人はそれに対して答える。
「それが、本当に偶然なのですが、普請奉行のところを追い出される所に出くわしまして、
余りに不憫で引き取ろうと考えて連れてきたのです、そこで守り袋の書状を見て驚いた次第で。」
「真に不思議な話ですが正に神仏の御計らいであったような、私共がここに居合わせたのも、
あの一宮様のお導きなのかも知れません。」
義母は島の鳥居の向こうの社殿に向けて拝礼すると、娘の傍に向う。
娘は泣きながらも近くに来た義母を見上げる。
義母は娘の傍らに行くとしゃがんで彼女を抱きしめる。
「辛かったであろう、悲しかったであろう、そなたにとって大事な大事なかか様を亡くしたのじゃ、
じゃがの、これからは私がそなたの母となろう、そなたを守り慈しもう、
じゃから今は泣けるだけ泣くがよい、そなたの悲しみ、この母がすべて受け止めよう。」
娘はその言葉を聞くと一瞬泣き止み、「母様・・・」とつぶやき義母に抱きついて、
おんおんと泣き出した、その光景に主人も涙をぬぐい、冷静なはずの弟も目頭が熱くなっていた。
若君はその光景をじっと見ていた、知らないうちに両の目には滂沱の涙が流れている。
そして言葉を詰まらせながら、義母の弟に声をかけていた。
「なぜに、このような悲しみばかりなのじゃ?このような事がどうして起こるのじゃ?」
「戦に次ぐ戦で人々の心擦り切れているのでござろう、故に人柱のようなむごきことが起こるのです、
この戦乱の世を終らせる事が出来ればこのような悲劇も無くなるでしょう。」
弟のその言葉は若君の肺腑に突き刺さった、そして思い出すのは亡き両親の事、
戦に翻弄され寿命を縮め、無念の最後を遂げたのではなかったのか?
自分やこの娘だけでなくもっと多くの人が泣いているのではないか?
若君の心にこのときある志が芽生えたのであった。
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