24話 明日へと続く道
「あ、貴方はどうしてここに……」
新しく若殿の妻になった彼女はここに居ないはずの顔を見て驚愕する。
「義母上! それに奥方も何時の間に?」
「あの城からここに来る事など簡単だと申し上げましたよ」
「確かにそう申していたが……」
若殿はいきなり現れた二人に気圧されてしまうのを感じつつも抗弁する。
「だが今日来られたのはいかなる存念からなのか? 婚礼の夜に現れるのはいささか問題があるのではないでしょうか?」
「そうですね、ですがどうしても申し上げたいことがあったのですよ」
「それは?」
若殿の問に対して先の奥方の彼女は顔を改めて今の奥方を見る。
「あなたの覚悟を聞きに来たの」
「私の?」
「そう、貴方はこの家に嫁いできた身、だけど生まれた家の為に奥方として勤めるのかこの家の為に生きるのかは貴方の自由よ、どちらを選ぶのかを知りたかったの」
「その返答を聞いてどうされるのです?」
「そうね、貴方がどちらを選んでも私は貴方に何もしないわ、それは約束する」
「それでは? 私以外に対しては?」
「それは今の段階では判らないわね、私は若殿の為に為すべきことを為すのみよ」
それを告げる彼女の眼には強い光が宿っていた。その思いに今の奥方は圧倒される。
だが、目を閉じ一息入れて彼女は口を開いた。
「わ・私は若殿の為にこの身を捧げるつもりです!」
「……」
その場がしばし沈黙に包まれる。
「……わかったわ、その言葉が聞きたかったのよ」
「……え?」
先の奥方はくるりと身を翻すと言葉を継ぐ。
「若殿を支えてあげてね、お邪魔したわね」
そう言うと部屋から出ていこうとする。
「お、」 「……いいの、貴方は彼女を大事にしてあげて、自分の生まれた家より貴方を選んだのだから」
「判った」
若殿は伸ばしかけていた腕を降ろす。
「それでは私もお邪魔するわ、気になっていたことが聞けたからね」
「義母上」
「あの時の思いを忘れぬように、私も先の奥方も忘れてはいませんし、其の思いを適える為の助力は惜しみません」
そう言って彼女たちは出て行った。
☆
それから……いくたびの年月が流れたのだろうか、若殿と呼ばれた男はこの地上では誰も知らぬ者がいないというほどの武将になっていた。
そしてこの地方を牛耳る大大名との戦に勝利して遂にその力を奪い取る事に成功する。
彼には鬼と呼ばれた武将の家から嫁いできた奥方の間に三人の優れた息子に恵まれ、うち二人を国内の有力な領主の養子に送り込むことに成功して力を付けた、そのうちの一人は奥方の実家の当主となり立場を逆転させたのであった。
そして嘗て悲しい別れをする事になった元凶たる北の太守の家を討ち果たすべく軍を興し攻め入る事となる。
「あと一息で城は落ちよう、思えば此処まで長い道程であった」
嘗て黒だった髪は白くなり若さは老いに取って代わられた。
だがその眼差しはいささかの衰えは見られない、遠くに見える敵の城を眺める彼の背後に人影がそっと近づいた。
「来たか」
「はっ! 敵の城は既に兵糧が底を尽いております、すでに戦う気力も残ってはおりますまい」
「そうか……よく探り出してくれた、礼を申すぞ」
「なんの、これは我が祖母、そして母の願いでもありまする」
「そうであったな我が孫よ、しかしよそよそし過ぎるのではよくないの」
「そうですか……では御爺様、我らは大方様と共に影として仕え此処まで参りました。大方様は御爺様の願い適える為に我等にそれを願われました」
「そうであったの、じゃが儂も老いた、天下を平らげ悲しむ者の無い世の中にしたいと言う願い達せられる事はあるまいの」
「その事についてですが御爺様がその様な事を申されたらこのように答えよと大方様と御婆様より言付かっております」
「なに?」
「{若君、気張る事はありません、もし願いが一代で成し得ぬならばその願いを託されよ、それが別の家他国の者でも良いのです、願いがかなうならば其れが若君の勝利なのですよ}と申されておりました」
「……なんと、流石であるな義母上達は、すべてを読みきって居られたか、儂もまだまだじゃったのう」
そう言うと彼は晴々とした顔になり笑顔を見せた、此処幾年かは見せたことの無い心からの笑顔に。
戦乱の世が終わり長く続く太平の世が訪れたのは彼がこの世を去ってから三十数余年が経ってからであった。
完
ここまで読んでいただいて有難うございます
誤字・脱字などありましたらお知らせください
いささか後半駆け足になりましたが、名前を出さずに書くという縛りが結構きつかったです。
ご覧になった方はお判りと思いますが若殿=毛利元就です。
彼については商業小説などでは幼少の頃から書かれて居ないのが気になりました。
どうも後半の手紙などの資料の豊富さと比べてその事を記した資料が少ないのがネックなのでしょう
大河ドラマはどうも……
義母の杉の方(大方)のことも資料が少ないのですが逆に言えば{謀将}の名を欲しいままにした彼の幼少期を支えたのが彼女しかいない事を考えれば彼女の出自に何かしら考える物があります。
因みに毛利家の諜報を行う世鬼衆ですが彼らは元々隣国の高橋家の元にいました、後に毛利によって滅ぼされますがそれまでは毛利の諜報はどうであったのか新参者に諜報のような大事を任すのかなどと疑問は尽きません、ただ毛利元就が父と暮らした多治比から数キロの所に瀬木という地名がありここが世鬼の里ではないかと言われているのです、勿論作者の思いつきですが、境目の小領主たちは安全保障の為に接する有力領主と誼を結ぶ事があります、高橋方の世鬼が毛利と親しくしてもおかしくはありませんしその娘が毛利家に仕えることも有るかと考えました、そこで見初められて後添えになり家格の関係上高橋氏の養女となって嫁ぐ、高橋=毛利にとってもWin=Winな関係です。
と言う思い付きから始めた小説でしたが不完全燃焼に終わりました。
今度は普通に書いてみたいと思います、その前に進めなければならない話がありますのでその後になりますが……
今一度読んでいただいてありがとうございました!
よろしくお願いします




