23話 別れと輿入れ
※ 5月11修正
{隠居殿}を亡くした家からの手紙に若殿は釘付けになった、若殿にはとてもではないが理解しがたい事が書き連ねてあったからだ。
「うちに嫁ぐ姫を早めに我が家に馴らすために来てもらいたい、母親も居らねば可哀想なので母親も同伴で」
「これはどういうことなのであろうか?直に相談せねば」
若殿は隠居している義母のもとを訪ねた、むろん奥方となった彼女も娘も一緒である。
「これは、{北の守護殿}の策謀ですよ、探りを入れてみましたが、{隠居殿}が亡くなって不安定なあの家に付け込んでそう仕向けたのです」
「ですが、彼女まで一緒というのは……」
「そこなのです、これは{鬼殿}の家の事情も絡んでいるのですよ」
義母は若殿に配下の者が調べた内容を伝えた、それは{北の守護}と{鬼殿}が密談した内容そのものであった、その情報収集の力に若殿は相変わらずの凄腕と感心すると共に、ある事に気が付いた。
「あの二つの家はそれすら隠すことは無いのでしょうか?」
「吹聴することは無いでしょうが積極的に隠す気は無いですね、この事は既に決定していることだからでしょう」
その言葉に若殿は不愉快な気持ちになった、当事者たる自分たちにはその事は何も知らされていないからだ。だがそれに対して自分たちは抗する事が出来ないのも分かっておりその事も織り込み済みな事も悟らざるを得なかった、むろん納得はしていないが。
すると若殿の後ろで子供を抱いた彼女が若殿に告げる。
「私はこの子と参ります、大丈夫ですよ……あの家も大事な縁組の相手です、大事にしてくれるでしょう」
「だがそれは! そんな事があって良いものか、{六州の守護殿}に頼めば……」
「それも悪手です、逆にあちらは自分の息のかかった家の息女を送り込んで来るでしょう、そして彼女とこの子は今度はあちらの家に連れていかれるかもしれません、貴方を従わせるための質として……」
「……」
若殿の言葉に被せるように自分の見解を話す義母の言葉に認めたくはないが可能性を感じ押し黙る若殿に奥方になった彼女が優しく声をかける。
「守護様の処に行ったら抜け出すのは骨が折れそうですが{隠居殿}の家でしたら簡単ですから御心配には及びませんよ」
この言葉に若殿は苦笑いしながら答える。
「そうか、ならば近い方がいつでも会えて便利かな」
「そうですわ、それでこそ若殿ですわね」
「酷い奥方もあったものだ」
二人の掛け合いを微笑ましく見ながら義母は内心では北の守護に怒りを募らせていた。
(いずれ、この借りは返させて貰いますよ、身内を引き裂かれる辛さ味わわせてくれましょう)
こうして奥方と幼い子は{隠居殿}の家に預かりになった、せめてもの救いは分家の当主が預かりを申し出てくれたので、安心して暮らすことができそうである。
こうして、彼女との別れを強いられた若殿であったが一月も経たぬうちに隣の{鬼殿}より使いが来て、縁組の打診……いやほとんど決まっているかの如く輿入れの打ち合わせに来たのであった。
若殿は怒るよりも呆れ果てて、使いを務める男と向き合った、男は確か鬼殿の息子である当主の末の息子になるはずである、なのでつい愚痴ともいえる言葉をかけることになった。
「御使者ご苦労であった、貴公も随分と大役を仰せつけられたものだ」
「そんなに申されますな、我が妹ながら不憫に思っておりました、拙者もいささか強引ではあると思いますが、家と家を結ぶために止むなき事と思いここに罷り越しました、確かにこの話我が爺と{北の守護}殿たちが考えたことでありますが、企みよりも妹の不憫さを憐れんでの事の方が大きいと聞いております、どうか我が妹の事よろしくお願い申し上げます」
その言葉に嘘はないようであった、男の言葉に心底の誠を見た若殿はため息をつく。
「お顔を上げてくだされ、貴公の誠確かに受け取りました、その事だけで十分でござる、某も其方の妹御を泣かすようなことはすまいと誓おうぞ」
「ありがたきお言葉、帰って皆に知らせまする」
繰り返し頭を下げる男に若殿は内心{この男を使えばいずれ鬼殿の家に楔を打つこともできるだろう、今はおとなしくしておくほかあるまい}と考えるのであった。
☆
若殿の所への輿入れは華やかに行われる事になった、以前の奥方の事など忘れてしまうかのような煌びやかな行列であった。それも孫娘可愛さからくる物かもしれなかったがそれを見た人々は流石{鬼殿}の孫娘の嫁入りよと囁くのであった。
宴の時間は終わり二人だけの時間がやって来た。
そこまでの二人の交わした言葉はあくまでも儀礼的な物であった。ここで初めて家同士の仮面を脱ぐ事になるのであった。
「疲れたでしょう、堅苦しくて肩が凝りますからね」
「……怒ってらっしゃるのでしょう?」
「……」
「余りに理不尽です……祖父も叔父も私の事を案じていたのは知っています、でもこれは政略とはいえあんまりです」
「ふふふふふっ」
「な・何がおかしいんですの?」
「いえ、貴方がそんなに気に病んでいたなんてね」
「それは…そうでしょう? 他家の縁組に口を挟み無理やり別れさせるなど幾らなんでも……」
「確かにその様な事をすれば恨みに思う者も出るし引き裂かれた者たちは悲しみに暮れるでしょう…ですがすでに決まった事なれば今は其の事は忘れる事も必要でしょう」
「そんな……」
「それに、死に別れたのではないのですから、いつか又一緒に暮らせることもあるでしょう」
「それは……そうでしょうけど」
「そうですよ、あまり気に病まない方がよろしいかと、婚儀をあげたばかりなのに」
「誰です?」
ここにいないはずの第三の声に新たに内儀となった彼女は顔を強張らせ声の方に向き合う。そして、ここにいないはずの顔を見だすのであった。
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