2話 深夜の道行き
名前無しだと先々分けるのが大変な予感
※5月11修正
新月ともなれば辺りを照らす光りも無く闇に沈む城下。その中を松明一つが城に向って進んでいく。そして城の門につけば不寝番が誰何するはずであるがなぜか誰もおらずしかも門が音も無く開いていく、そうして中に入ったのは十人ばかりの者どもである。
「若君と御方様は?」
「奥で御休みになっている、我らの手の者以外の者も寝ているはずだ」
「打ち合わせどおりにな、一人も生かすな、逃げられぬように門を固めよ」
指示に従い無言で動く者たち。やがて奥に入った者たちが戻ってきた、動揺しているのだろう足取りが覚束ない。
「どうした?」
「奥に誰も居らぬ、もぬけの殻じゃ!」
「そんな馬鹿な!門を固めて居ったのじゃどこにも行くはずがない!」
あわてて城内の家捜しを始めるのであった。
★
「今頃は城内を探し回っておりましょう」
「慌てふためいておろうな、いい様じゃ」
ここは山の中、普段は猟師も樵も分け入らぬところである。だが一行の足取りは確かで揺るぎもしない。
「夜明けまで二時(四時間)位でしょうか」
「それまでには尾根を越えましょう、追っ手の心配もありますまい」
背中に若君を背負った弟が明るく答える。
「まさか、城勤めの者が悉く居なくなるとは思わなかったろうな」
城代の息の掛かった者以外のすべての者が城から消えていた。
理由は簡単である、彼女の里の者達が身代わりを勤めていたからである。そして街道沿いでなく城の裏山より山越えしているのだ、並みの者たちでは到底進めない場所でも彼女達には庭のようなものである。
「母上……」弟の背中に担がれた若君は母を呼ぶ。
「どうしました?疲れましたか?」
息も切らさずに彼女は義息子に微笑みかける。
「いえ、大丈夫です、ですがなぜこのような事に」
「今の御時世としか言いようがありませんね、力なきものは蹂躙され虐げられる、強者は更なる強さを目指し奪い、焼き、滅ぼします」
「我らは滅ぼされるのですか?」
「そんなことはこの義母がさせません、逆に蹴散らして差し上げますわ」
「ならばどうして……」
「戦いは地の利も大事です、あの城ではいらぬ犠牲がでましょう、ゆえに我らはお味方のところに行くのです」
「お味方の所?どちらです?」
「若君の祖父様の所ですよ、すでに使いを送っておりますから首を長くしてお待ちでしょう」
その言葉を聞いて蒼い顔をしていた背中の若君に安堵の色が見えたのを彼女は見て取り心の中でほっとしていた。
★
その頃城では駆けつけた城代が蒼い顔でうろたえていた。
「なぜ皆消えたのじゃ?誰か見たものは居らぬのか?」
「各門の見張りは門を潜って出た者を見ておりませぬ、又この闇夜です、松明などの明かりもなしにこの城の外を歩く事などできようはずが……」
部下の報告にではなぜ消えたのかと問い詰めようとしたその時に別の部下が駆け込んできた。
「申し上げます、大門前に御本城よりの使者が参っております、いかがいたしましょう?」
「なに?」
あわてて門の上のやぐらに登ると兵に護衛された本城で当主に仕えるよく見知った顔があった。
「そなたの企みすでに露見しておるわ、おとなしくすれば良し、でなければ押し出すがどうか?」
いきなりの発言に城代は驚倒しそうになったがそこはこらえてとぼける事にした。
「企みとは何のことでござろうか?一向に身に覚えの無いこと」
「とぼけるか?御方様より話が来て居るぞ」
その言葉に内心衝撃を受けながらもなお言い募る。
「それがしをお疑いならば是非もなし、ただ我ら一族の力侮ることは後悔することになりますぞ」
その言葉を聞いた使者はしばらくその言葉を吟味しているようであったがやがて口を開いた。
「そう申していたと当主様に申し上げよう、くれぐれもこれ以上の軽挙妄動は慎まれるがよかろう」
そういい捨てると踵を返し兵たちと引き上げていった。
「殿、いかがいたしましょう」
腹心の部下が質問するのに城代は苦々しげに答える。
「一族すべてを掌握しておるのならばこのまま激を飛ばし本城を撃つこともできようが……」
「確かに、分家の方々忠義に篤い方々が多く居られますから」
「この状態では近隣の御領主方も同心下さることはあるまい」
「ではいかように?」
「あくまでわれわれは城代として為すべきことをしたまで、それでいく」
なんとも厚かましいがこの状態では打つ手もないのであった。
★
一夜明け城を脱出した一行は山越えを無事果たしていた、追手の来ぬことを殿を務めていたものたちからの知らせを受け、中腹の湧き水があるところで休憩をしているところである。
「若君、粽は口に合いますか?」
義母は義息に笹の葉にくるまれた保存食が食べられるか聞いていた。
「大丈夫です、とてもおいしゅうございます、義母上」
夜中に起こされて一晩中弟の背中ではあったが山越えで疲れてはいまいかと思ったが、思ったより元気そうで彼女はほっとしていた。
「それよりもずっと背中に負ぶわれていただけなので申し訳なく」
「それは御気になさらずに」
弟は粽をほおばりながら言う。少し無礼な態度ではあるが状況が状況である。食事が終わると少し休息することにして皆でめいめいにくつろぐことにした。
「ここまでくれば安心です、御祖父様のお城まで後は街道沿いで行けますし、先触れを送っておりますので、お迎えを出してくれるでしょう」
それを聞いた若君は居住まいを正し義母に向かって一礼した。
「義母上様のおかげで命の危機を救っていただきなんとお礼を言ってよいか」
「わたくしは当たり前のことをしたまでのことです、礼などいりませんよ」
そう言って彼女は微笑むのであった。
「わたくしはあなたの義母なのですから」
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