15話 婚儀
若殿に婚儀の話が来たのは義母が本城の城外に庵を結び移ると表明して
すぐのことであった。
若殿には本城で当主からこれらのことを告げられているところである、
話を聞きながら彼は考えを巡らす。
(義母上と切り離し、自分の息の掛かった嫁を送り込むことで
当主殿の力を増そうということのようだが、もしもの時には
我が一族を支配下に置くつもりだな、ご隠居は。)
「養女であるそうだが大層な器量良しだそうだ、安心いたせよ。」
当主の言葉に少し苦笑しながらも感謝の意をつたえる。
今の彼にこの縁談を拒否する事もそのつもりも無いからであった。
当然のことながら相手の家は当主の正室の家からであった、
但し当主の弟で分家の主である自分に合わせて、
向こうも分家から、そして養女であると言う。
多分その家臣筋の娘を立てたのだろう。
すでに吉日を選んで輿入れの日まで決まっている。
彼は当主である兄に礼をして領地に戻った。
☆
「いや、ここまで進めるのに苦労しましたぞ。」
「ご苦労でした。」
弟の言葉に彼はクスリと笑いうなずいた。
輿入れに関わる交渉事はすべて弟が行っており
両家の間を何度も行き来していると聞く、
そのことは感謝してもし切れない。
だが・・・
「いまだに秘密なんですか?」
「まあそのときまでのお楽しみということですよ。」
あきれたような視線の若殿に対して弟の方はにこやかな顔ではぐらかすのであった。
「あら?若殿は姫のことが気になるのですか?」
こう義母に言われては彼も引き下がらざるを得ない、
そうして準備をしていくうちについにその日が来たのであった。
☆
街道を花嫁の行列が進む、前後に屈強な騎馬武者が守りを固め、
中ほどは嫁入り道具を収めた櫃を前後から支えた従者たちが進む、
ゆっくりとだが確実に城に向かう行列を城の望楼から眺める若殿たちであった。
「ずいぶんと立派な行列だな、流石は御分家の殿だ。」
この分家の当主は義母の義理の兄弟に当たる人物で、
現在は隠居している父親に似てきわめて温厚な人物である、
先代も義母を実の娘のように可愛がり、自分の娘として嫁入りさせるほどである、
当然今回も快く引き受けてくれるにとどまらずそれ以上の誠意である。
「この御恩にはいつか応えなければいけませんわね。」
隣にいる義母が言い、若殿がうなずく。
遠くに見えていた行列は今はかなり近くにあり、まもなく城下に達しようと
していた。
門前で門火が焚かれ、その中を花嫁の乗った輿は屋敷の中に入っていく、
門前でその様子を見ていた領民たちは我が事のような喜びようである。
「若殿の奥方様はどのようなお人じゃろうなあ。」
「大層な美人だと聞いたぞ。」
「輿に乗っておったのじゃぞ、見てもおらんのに。」
「商人が言っておったんじゃ、ご実家のほうでみたんじゃろ。」
「まあ、めでたいこっちゃ。」
「そういうこったな。」
☆
花嫁は祝言の間に誘われて上座に腰をすえた、
そこに若殿が入場する、彼はさりげなく花嫁を観察した。
(美しい・・・だがどこかで見たことがあるような?)
彼の脳裏に先だって会った姫の顔がよぎったがあわててそれを打ち消す。
目の前の彼女も好みの面立ちだったが、そこにどこかで会ったような
感じを受けるのであった、だがこの場ではそのような私語は許される場ではない。
杯事を行い彼らの祝言は滞ることなく終了する。
その後二人は寝所で向かい合っていた、これから初夜を迎えるのである。
二人きりになったところで若殿は改めて彼女を見る、
すこしうつむいているその姿は初めての経験に緊張しているのか?
そのように見受けられた。
「道中疲れたであろう、また初めてゆえと思うが楽にしてかまわぬよ。」
「・・・ ・・・」
それに応えない彼女に違和感を覚える若殿。
「もしかしてだがここに嫁ぐのは本意ではなかったのか?」
そこでうつむいていた花嫁は顔を上げる、その顔を見て若殿は驚いた。
(泣いている?そんなに嫌だったのか?)
「・・・違います、嬉しいんです。」
「は?」
「若殿・・・若君とこうして又一緒に暮らせることが。」
「なに?そなたは・・・」
問いかけの言葉はそこで途切れる、彼女が若殿に武者振りついてきたからだ。
若君は突然のことに固まってしまった。
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