14話 新たなる火種
若君が元服して二年が経った。
その間に兄の当主の京よりの帰還と予てから予定されていた、
同盟関係の領主の娘との結婚が行われた。
「我らの寄親の家との婚儀で両者の絆さらに強まりましたな。」
弟は相好を崩していたが、兄の方は少し見解が違うようだ。
「そう楽観はできんぞ、確かに寄親殿の当主殿や我ら一族の直接の寄親に
あたるお方は良いが隠居殿は油断がならぬ。」
ちなみに直接の寄親にあたる方の養女となることで義母は輿入れしていた。
そうでないと、独立した領主と他家の配下の小さな領地を持つ家同士では
釣り合いが取れないからであった、そうでなければ後添えとはいえ
正室としては扱われなかったろう。
「此度の輿入れもそのご隠居の指示によるものでしょう、
こちらに付け入る隙がなければ問題はないでしょうが・・・」
義母もその辺は様子見という見解である。
その不安要素もあるがおおむね現状は順調であろう、
当主の夫婦仲も良いようで世継ぎが生まれれば言うこともないのである。
だがすべては順調に進まぬものであると思わせることが起こるのであった。
★
「陣触れですか?」
「はい、又も河向こうの領主が兵を出したとか、当主様は直ちに出陣をお命じになられました。」
本城の使者が城の広間で若君と向き合っている、若君の傍には義母が控え、
家臣たちの列には弟も混じっている。
「して私も出陣せよと?」
「は、若君様は、本城にて留守居を頼むとのことであります。」
「そうですか、お役目ご苦労であります。」
「は!これにて失礼いたします。」
使者が引き上げた後、若君はため息を一つ吐いた。
「また初陣とはならなかったか・・・」
「若!御案じめさるな!」
「そうですぞ、たかが小競り合いの戦に若様が出ることはありませぬ。」
憂い顔の若君に家臣たちは口々に慰めの言葉を掛ける。
「そうだな、いずれ相応しき戦に呼ばれるであろう、皆準備を急げよ!」
「応!!」
そうして広間から家臣たちが出て行き残ったのは義母と弟だけになった。
「又、初陣が遠のいてしまった。」
若君が寂しそうにポツリとつぶやく。
「河向こうの領主は若君の領地から本城を挟んで一番遠くにあります、
この布陣は当たり前のことでいたし方ないかと。」
「・・・ そうですね、又の機会を待ちましょう。」
そう言って若君は腰を上げた。
★
「実際の所はどうなのです?」
義母が弟に聞く、弟ならば本城の情報は入手済であるはずなのだ。
「ご隠居の手が伸びておりますな、若様に戦で手柄を立てさせぬように、
戦の実際の駆け引きをさせないようにして居るのです。」
「やはり・・・」
「いずれあのご隠居はこの家を我が物にせんと?」
「少なくとも自分の指揮下に置きたいのでしょう、
そのためには当主以外の一族に力をつけて欲しくないのですよ。」
「なんと姑息な、そのようなことで我が君を蔑ろにされてたまるものですか。」
息巻く弟に義母は諭す口調となった。
「今はまだ手が出せませんね、御当主の地位を確たるものにするためとも見えますから
本城の家臣たちもおおむね賛成しておりますからね。」
「なるほど、ですが解せないのは弟君の方はすでに何度も戦に出ており、
活躍をされていると聞きます、それはなぜなのです?」
「彼は正室の子でないゆえに後継者候補になりえないからですね、
将の一人として役に立ってもらいたいとの思いもあるのでしょう。」
「なるほど。」
★
「それはそれとして、そろそろ私も若様のところより離れようと思います。」
「突然ですがなぜです?」
「私が若様の傍にいるのは後見のためでした、今や若様は元服もなされて
領主として一人前になられました、後見は必要ないということです。」
この発言に弟は沈黙した。
一人前になった子供の傍にい続ける母親が別に珍しいわけでもない、
だがそれが家督を継ぐ嫡男でなかったらどう見られるであろうか?
ちなみに若様というのは成長した若君の呼び名である。
「やはり疑われますか?」
「特にご隠居様にですね、遠まわしながら本城に帰ってきてほしいと
言われております。」
もちろん直接ではなく、現当主とその正室からの話である。
「では?本城に?」
「いいえ、出家してどこかに庵を結ぼうかと・・・」
「姉上!」
「もちろん隠棲するつもりはありません、この方が動きやすいからです。」
弟は安堵の表情で座りなおす。
「あまり驚かせないでください、ですがそのほうが都合が宜しいですな、
我々も詰めやすくなり策の幅も増えましょう。」
「ええ、それにそろそろ若様にも必要になってきますので。」
「そうでしたな、そのことも進めておかねばなりませんな。」
姉弟はそう言って笑い合った。
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