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1話 義母は憂う

 戦国時代と呼ばれた時代があった、中央の政府の弱体化のために、地方の領主たちが自らの力を背景に覇を競うようになった時代のことである。その荒波のようなうねりは山間部にある小さな領地にも容赦なくおとづれる事となる。


 彼女は元領主の妻である、いやあったというほうが正しい表現。夫である隠居した当主はつい先日身罷ったからである。後添えではあるが彼女は正室であった、ゆえに「御方様」と呼ばれ家臣たちからは恭しく扱われている。


 もっとも今の当主である息子は自分の産んだ子供ではない、彼女には子供が出来なかった、いやできるまで夫が持たなかったのかもしれない。



 先の正室の子供が後を継いだが、彼女の地位には影響が無かった、元々彼女を後室に押したのはその先妻であったからだ、彼女は永の患いで自分に時間が無いことを悟ると、彼女の手をとり懇願した。


 夫と自分の子供の事を頼むと言われ彼女は困惑した。彼女は元々この家に縁組に来たわけではないからだ、行儀見習いのために家女房(女中)として来たのだから。


「でも、父様は最初から判ってて奉公に出したような気がします」


彼女は使いで来た弟にそう漏らした。


「ああ、父上ならやりそうな、こちらの先のお方様のお父上と入魂の間柄ですから」


 彼女たちの父は今彼らがいる領主と領地を接している領主の寄騎(よりき)である。向こうの領主の方が少し勢力が大きいか。そして、自分は父の意向でこの家に奉公に来た。名目上は行儀見習いという形だが、いわゆる縁談のためのお披露目といった意味合いがなくもないなと最初は思っていた。


 行儀見習いなどせずに縁談があればこの時代はすぐに本人に関係なく嫁がされる。彼女はそういったことが好きではなかった。

幼い頃から兄や弟達と野山を駆け、一族の技を磨いていく彼女を、里の者は「さすが、{鬼}の姫児だけはある。」と半ば尊敬の眼差しで見ており、その世評を知ってか父親は縁談話を持ち出さなかった、もっとも{鬼姫}を我が家にと、求める家が無かったのもあるのかも知れない。


「しかし、姉上はこれからどうするおつもりか?」


 弟が尋ねるのは彼女のこれからの身の振り方だ。


 若くして未亡人になった彼女のこれからの選択肢は幾つかある。


 一つは亡き夫の菩提を弔うために出家すること、まだ若い身空であるので別の家に再嫁すること、この二つの選択肢が主なものである。


 だが、彼女はその道を取る気は無いようだ。


「私は、この家に残り若君を養育しようと思います」


「なんと、残られるのですか?」


「はい、若君はまだとおになったばかり、後見が必要でしょう」


「ですが、後見人には御城代があたる事になったはずですが…」


「心底信用出来る方でしたらそれも良いかと思いましたが……」


「ううむ、そうですか」


 ちなみに若君とは当主となった嫡男の弟で正室の次男となる。


 側室にも男子が居るが別の屋敷に居るためこの城には彼女とその子だけである。この城は亡くなった先代当主である夫が隠居してから暮らす事になった城で、本城から西に二里ばかりの場所にあるこの城は彼女の生まれた里から一里ほどしか離れておらず、

西の境の守りも兼ねている、もっとも隣接するこの領主達の関係は良好で緊張する場面はない、したがって弟も何の問題もなくおとづれる事が出来るのだ。


「父上は私に何をお望みなのですか?」


 弟が自分を心配してくれているのは疑いようも無いがここを訪れたのは父の意向だと確信していた。


「はぁ、父上は姉上の好きなようにさせよと、ただ」


「ただ?」


「できうるならば若君のことを頼むと」


 なんのことはない、父娘は同じ事を考えていたのであった。


「ならば何の問題もありませんね」


彼女は微笑んで言った。



~~~~~~~~~~~~~~


「姉上、御城代は何を画策されているのでしょうか?」


 方針が決まれば取り掛かるのは問題の解決である。


「恐らくは下克上ですね」


 さらりと恐ろしい事を話す姉である。


「この城を乗っ取るつもりですか?」


「それどころか、本城の当主をも退けるつもりかと」


「真ですか?」


「この耳で聞きましたから」


 涼しげに話す姉に弟はこの姉の恐るべき能力ちからを思い出していた。恐らくは城代が謀議している場をも押えているようだ。


「手順はこうです、まずこの城に正体不明の賊が攻め入り、若様と私を亡き者にします、そのあと本城に急使を送り応援を頼みます、それらが本城を出た後、何食わぬ顔をして本城に侵入して御当主を討ち果たします、その後は本城に篭り一族を蜂起させて我が方の手のものを各個に討ち取っていき、その地の支配をするつもりです」


「なんと悪辣な、姉上これに対しての備えは或るのでしょうか?」


「ええ、心配は無用ですよ」


 そう言ってふわりと笑みを浮かべる姉を見ながら彼は城代も運が無いなと思うのであった。




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