23 悪魔の約束
クラウディア、ギュンターから聞いた話を元にヴァロンに取り調べを行うと、本当に一切の隠し立てをしていないのか、不審な言い淀みや即答も無しにあれこれとその男は話をした。
曰く、アークシアへ来たのは教会からの指令を果たすためである。
曰く、指令内容はオーグレーン領で待つデイフェリアスという女に会い、女に協力する。
曰く、盗賊団のうち自分を含む数人はレヴァ教・西方アルフェナ教会の信徒であり、自分達に指令を下した教会がその西方アルフェナ教会である。
曰く、更にそのうちの何人かはデンゼル公国の貴族である。
曰く、残りの盗賊団のメンバーは本物の盗賊であり、自分達信徒に雇われていた。
曰く、デイフェリアスという女は西方アルフェナ教会に莫大な額の寄進を行っている。
曰く、オーグレーン領を目指す際はカルディア領を通過するように言われていた。
彼らを捕えてから半年近くが経過しようとしているが、これまでにこういった固有名詞が語られた事は無かった。
「デイフェリアスはお前たちを使って何をしようとしていた?」
「さあ、詳しくは分からない。アークシアに対する何らかの工作活動である事は確かだと思う」
工作活動、か……。脳裏を過るのはやはり、不審な動きを見せるノルドシュテルムと、その領地に出入りを繰り返している修道女達の事だ。特に修道女は貴族についての悪評を広め、アークシアの秩序を崩さんと活動している危険因子である。
オーグレーン家は現ノルドシュテルム領主の妻の実家だという話だ。彼等の怪しげな動きについて、オーグレーンも加担していると考えたほうが自然だろう。
「では、西方アルフェナ教会はアークシア王国へ進出したいのか?それともアークシアを崩壊させたいのか?」
「勿論、崩壊させたいのさ。邪教たるクシャ教の上に成り立つような国家など……と、ラミズのような狂信者連中は本気で考えている。俺は違う。親はそうだが、俺は金が目当てであの教会に入信していた。何せ、儲かる。デイフェリアスのように、デンゼル内外を問わずアークシアの破滅を願い、金をつぎ込む信徒が多いからな」
だからこそ、そんな思想に付き合って沈黙を通す為に死ぬなどごめんだ、とヴァロンは吐き捨てた。
どうやらラミズというのが未だ館の地下牢に残っている男の名であるらしい。最も、後は冷凍死体になるだけの男にすでに興味は無い。
それにしても、と思う。ヴァロンの話を信じるならば、その西方アルフェナ教会というのは教会とは名ばかりの反アークシア闘争を目的としたテロ集団、或いは組織となる。しかも、支援者も多い。
「そういう立場ならば、他の信徒の目的も分かりやすいだろう」
「……ああ、そうだな。狂信者以外で寄進を行う連中は、大抵が商人で、後は貴族だ。商人はアークシアの属国の特産品を狙う奴だったり、或いは武器や薬を扱う奴が多い。それから、貴族は土地が欲しい連中だな」
つまり、戦争が起こると得をするものという事か。商人は戦争特需であったり、或いは属国をアークシアから引き剥がす事を狙い、力のあるテロ組織に投資する。
貴族はアークシアの領土が欲しいため、いざ実際に戦争が起こったときに少しでも有利になるよう、工作員を抱えたテロ組織に投資する。
……それに、我が国の貴族であるノルドシュテルムが加担しているかもしれないというのか。
煮え湯のような灼熱の感情が、腹の底のあたりでごぽりと気泡を浮かび上がらせる。
「だが、それほど派手に活動しているのであればもう少し知名度が有る筈だ」
「西方アルフェナ教会は、教会としての規模は小さくてね。元の教会が大きいから、そっちの傘でかくれてるのさ」
……レヴァ教の主要な教会は、クシャ教と違って複数存在する。しかし、そのどれもが傘下となる小教会を幾つも抱える構造になっているため、確かに小さな教会は確かに情報が出回りにくい。
主要な教会にはどれも、『西方』や『アルフェナ』という単語が入った教会名は無かった筈だ。調べるにしても無理がある。全ての小教会ともなれば、それは膨大な数になる。特に、教会としての本来の活動規模が地元民にしか知られないような小さなものであれば、洗い出すのは不可能に近い。
黙して考え始めた私を、ヴァロンは暫く黙って待っていた。だがふと何かを思いついたのか、なあ、と声を掛けてくる。
「アークシアの子供ってのは皆、気味悪い程頭が回るのかい」
「……さあな」
「お前、見た所十にも満たない年だろうに。デンゼルに生まれていたら、悪魔が憑いてると言われて殺されてもおかしくないくらいだ」
まあ、アークシアに生まれた時点でデンゼルの民から見れば半分悪魔に憑かれたようなものだけど。と男は続ける。
思い切り自分の眉間に皺が寄ったのが分かった。悪魔という概念はクシャ教には無いが、東方国家で使われているロムール・リングワール語派では使用度の高い単語だと習う。前世の記憶がある私には、その概念の理解も容易かった。
それ故に、反応してしまう。悪辣なるカルディア家の行いの数々を、他でもない前世の私が『悪魔の所業』だと考えていたからだ。
「悪魔……か」
そして私は、これから私が男に告げる言葉を思う。まさしくカルディアの名に恥じない、悪魔の所業だろう。
「お前の話は良く分かった。私も約束を守ろう」
「──本当か!」
喜色を浮かべる男に、私も微笑みを返してやる。
「ああ、勿論だとも」
席を立つ。それと同時に、ヴァロンの両腕を左右から二人の兵士が拘束し、椅子からおろして膝立ちにさせる。私は背後のギュンターから細剣を受け借りて、それを男の喉元へと翳した。
「……え?」
男の笑みが凍り付く。それが彼の最後の声となった。
鎖骨の間、少し上の喉の柔らかい所から、頸椎を避けて貫く細剣の切っ先が首の後ろへと飛び出す。ごぷり、と男の口から赤褐色の血が溢れ、床に零れた。
「言い忘れていたが、お前は既に死人なんだ。つまり、牢から出るのは死体だけという事になる」
男の瞼が細かく震え、血の気の引いた唇が戦慄く。
声こそ出ないが、その唇は悪魔め、と動かされていたような気がした。
今更だ。エリザ・カルディアとしてこの世界に生まれ落ちた時点で既に呪われたようなものだった。
そもそも、元から盗賊団の者たちを私自身が生かして解放するつもりなど、無い。私の領民を傷つけ、犯したのだ。死んで償って貰うのは当然の事だった。