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20 本音は人を殺すか生かすか

 曾祖父の時代以前に建てられたという、伝統的な石造りである黄金丘の館は、冬になるとなかなかに冷え込む。暖炉の焚かれていない部屋の寒さは正に身を切るようで、壁も床も冷たい。


 当然、暖房機能なぞ一辺たりとも考えられていない地下牢は極寒となる。換気口として地上に直接繋がる小さな穴が開いている事もあり、冬の間は貯蔵庫よりも冷えるような有り様だ。


 冬の隙間風は強く、地下牢に灯る頼りなさ気な火が殊更に弱々しく揺らめいていた。

 分厚い毛皮のクロークをしっかりと身体に巻き付けてそこへ降りていくと、ガシャンと音を立てて鉄格子が揺れる。

 

「どうした、騒がしいな」


「ここから出してくれ!頼む!凍えて死んでしまう……!」


 格子の向こう側から悲痛な声でそう訴えるのは、夏からこの牢に入れられている二人の囚人のうちの一人、ひょろりとした体躯の男だった。薄物の服では防寒もままならず、寒さに震えている。ブロンドの髪は見る影も無く汚れ、濁った色合いへと変化していた。


「黙れ……、命乞いなどするな……!」


 その隣の房の奥から、もう一人の男が弱々しい声を精一杯引き絞って怒鳴る。歳嵩な分消耗が激しいようだ。最も甚振ったのがこの男であった事消耗の原因だろうか。

 どちらにも何も答えぬまま黙って眺めていると、ブロンドの髪の男は苛立ちと焦りに任せて隣の房に怒鳴り返した。


「煩い!そんなに死にたいなら、お前一人で死ね!!俺は、凍え死ぬのは嫌だ……っ!」


「貴様ッ……神への忠誠を忘れたのか……!」


「そんなもの!!」


 ブロンドの男が柵を殴り付ける。どうやら、長い監禁の末、命を脅かされる冬の寒さにとうとうこの男の精神は屈したらしい。


「なぁ、何でも喋る……何でもだ…………助けてくれ、ここから出してくれ……。足が、足の先が痛くてたまらないんだ……!」


 足の先に激しい痛みというのは、おそらく凍傷だろう。靴を与えずにいたため、手の指より先に凍りついたようだ。

 雪が降り、急激に気温が下がったのはもう七日程前の話だ。恐らく既に、患部は完全に壊死しているだろう。


「……そうか。ああ、いいだろう。情報を喋れば、そこから出してやる。足も見てやろう」


 酷い猫なで声が出た、と思う。

 珍しく唇の端が勝手に釣り上がった。


「本当か!!」

 

「勿論。正直こちらも、何時までもだんまりを決め込む連中を何時までも世話しているわけにもいかないんだ」


 ブロンドの男が快哉を叫ぶと同時に、もう一人が怒気を孕んだ声で呻く。


「何が、世話だ!こんな……!」


「黙れよッ!!」


「貴様こそ、この、恥知らずめが!!」


 精神的な余裕の一切を失っている男達が怒鳴り合うのを、静かに観察しておく。演技、というようでもないらしい。二人には構わずに兵士を呼びつけて、ブロンドの男を牢から出した。


「ヴァロン!行くな!!」


 遂には哀願の如き男の叫びを背後に、地下牢の扉は閉められる。

 ヴァロンと呼ばれたブロンドの男を領軍基地の禁錮室へと案内するよう、男を引き摺る兵士たちに言い付けて、それから私はラスィウォクを呼びに階段を登った。




 三階のラトカの部屋の前で寝そべっていたラスィウォクをやっと見つけて肩を落とす。何故そこにいる。

 ラトカを事実上の軟禁生活へと戻した自覚のある私は、近頃ラトカに顔を会わせる事を避けていた。何を言われるか、何と言い返せばいいのか、碌に考える事も出来ていないのだから、当然そうなる。


 ファリス神官と話をした日、私は一つもラトカの言い訳を聞かないままに彼を黄金丘の館へと戻した。

 ラトカは昨年の冬、私が一月の眠りから目を覚ました後、何故私に石を投げたか語った事がある。それは彼の生い立ちに始まり、精神を病んでしまった母親からの虐待や村人から受けた扱いの中で貴族に憎しみを抱き、とりわけ領主を恨んだために形振り構わぬ殺意にまで発展した、という内容だった。

 貴族に関する間違った認識を植えつけた修道女の事など、話の中には一切出てこなかった。


 故に、危険だと判断したのだ。王都は人が多い。敵対的な姿勢を見せるノルドシュテルムと何らかの関係があるその修道会の者に、私の側にいるラトカが見つかり、『再利用』される危険性を懸念した。

 ラトカが修道女の話をしなかったのは、彼女達の活動に何の疑惑も持っていなかったから──そして、ラトカ自身が個人的な感情でその記憶を他人に話したくなかったからだ。

 つまり、ラトカの精神には、修道女達が付け入るための決定的な隙があるという事になる。


 だがそれをラトカに述べた所で、今の彼はそれを真の意味で理解出来ない。私が出来るのは、ラトカを遠ざけ、そして同時に囲い込んで保護する事だけだったのだ。


 ……というのは勿論、建前の話。


 感情がついて行かないのも、当たり前の事だ。本音では、そんな事がしたい訳ではない。


 恨みがましい目で睨む私に、ラスィウォクが呆れたように喉を鳴らす。

 狼竜(ドラカニス)は知能は高いが、人の様に複雑な思考を持たず、感情の表現が単純だ。


 ラトカに嫌われたくないなら、嫌われるような事はしなければいいのにと、その目は雄弁に、そして純粋に物語っていた。

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