19 冬と新入領民・下
テオに冬を迎えるにあたっての状況を確認し、彼等にどう冬を過ごして貰うかを決めれば、後は大した仕事は無い。
生活はどうか、足りない物は何か、病気や怪我をした者は居ないか等、細かな事を出来る限りの人に聞いて周る事にその日の残り時間を全て費やした。
この意見を元に来春にはこの村で受け入れる事になるカールソンの木工職人に優先的に頼む仕事や、購入する物資を決定しなければならない。館へ帰ったらすぐにでもベルワイエと話をしなければ。
夕食は普段食べている物を作ってくれと頼み込み、出来たばかりの家での宿泊を辞して、子供ばかりの簡易住居に入らせて貰った。貴族制度とは縁の浅い新入領民達は快くその申し出を受け入れてくれた。
南瓜と川魚の蒸し煮と馬乳酒、魚介風味の青菜とチーズ入りのスープがその日出してもらった食事だった。南瓜の食感はほっくりというよりも滑らかで、甘みは考えていた程強くないが、美味しい。
普段と同じ物をと言ったのに、チーズが入っていたのは恐らく持て成しだろう。彼等は山羊を少しばかり飼ってはいるが、チーズを作るには柑橘系の果実が必要な筈だ。その入手経路が途絶えた今、チーズはどう考えても高級品の筈である。
「これが南瓜というものか。美味いな!野菜の癖に濃厚な味があるではないか」
「そうですね」
クラウディアも南瓜を気に入ったようだった。ご満悦、という表情を浮かべて蒸し煮を頬張るクラウディアに、無言で二杯目が差し出されていた。
夜は自分と同じ年頃の子供達と、釣りの話を聞いたり、狩りの話をしたりして、生まれて初めて小難しい事など一つも考えずに寝落ちするまで喋り続けて、不思議とわくわくした気分でその日は眠った。
純粋に楽しかったのだと思う。次の日の出立が寂しいと感じる程に。
「領主様!?な、何か……?」
帰りがけに寄ったネザ村では、名主とその夫人に驚かれて……というか、怖がられてしまった。まぁ、唐突な来訪となったので、それも仕方ない事だろう。
「ああ、驚かせて済まない。……先日の娘達の様子を見に、新入領民の村の帰りに寄ったのだが」
「あの娘達の、ですか?」
困惑を顕わに名主はそう確認する。頷いて返すと、二人が慌てふためいて村娘達を呼びに行こうとしたので、私の方も慌ててそれを止める事になった。
「す、すぐに呼んで参ります!」
「待て、見舞いに来たのに呼びつけてどうする。こちらから訪ねる」
二人の村娘達は、片方に男性への恐怖が残ったものの、それなりに元気を取り戻していた。畑仕事や土木作業には出れなくなったものの、農具の手入れをしたり、縄を糾えたり、鶏の世話をして過ごしているようだ。
新入領民の村のように一人一人から話を聞くことは出来ないが、何人かの村人に暮らしと冬支度について聞いてから帰路についた。
テレジア伯爵の領地立て直し政策も早五年、生活には少しずつゆとりが戻って来ているようだ。そろそろ輸入に頼ってばかりの布や糸を、自分達で生産できるようにしても大丈夫だろうか。
来年にはヘンズナッド領から山羊か羊を買ってもいいかもしれない。或いは新入領民の羊が増えれば、それを買い取っても良いだろう。技術は残っている内に復活させねば。
黄金丘の館の北側の丘の上に新入領民達の天幕がずらりと並んだのは、一度目の雪が降り終わり、久々に晴れ間となった日の事だった。
この光景はテレジア伯爵の指示で昨年も存在したようだが、私は初めて見る事になる。丁度その頃はリハビリと溜まった仕事で忙殺されていて、館から出る事も儘ならなかったのだ。
しかし、こうすれば新入領民が雪の中孤立無援になるのを回避出来る。老人と子供の割合が多い上、慣れない土地にこれまでと異なる生活様式とくれば、何くれと気に掛けてやらなければすぐに不満まってしまう。
そしてそればかりではなく、明らかに良い効果を齎す面もある。
直轄地の南に広がる、カルディア領で一番大きなクラリア村の住人達が、新入領民の文化や持ち物に興味を持って接してくれているらしい。
クラリア村は直轄地から近い事もあって、父の時代の傷跡が最も浅く、またテレジア伯爵の救済が最も早かった村だ。この村出身の見習い兵は多く、またこの村の娘と家庭を持つ領軍兵が多い事もあって、領主への悪感情は比較的弱い。また他領から来た平民が滞在する事も多いので、新入領民に対してもそこそこ好意的である。
「去年は南瓜や家畜、乳製品や布をパンや卵、藁、黒麦なんかと変えてもらったな。食器を貰った奴もいたか」
テオ曰く、どうやら物々交換も発生していたようである。父の悪政が始まる以前から生きている老人等は、特にチーズを欲しがったという。
ユグフェナ地方に残る古い言葉とアルトラス語は幾つかの単語が共通していて、それを使って意思疎通を行っているらしい。
「今年も出来れば積極的に交流を持ってくれ。クラリア村は村民も多く、物が集まるから他の村との繋がりもある。君達が領民に受け入れられる為にはかなり都合が良い」
領軍の兵に用意して貰った木の柵へ、馬を入れるのを手伝いながら、テオと冬の過ごし方について話をする。
シル族の馬は体躯こそ領軍の馬に比べて小さいが、全体的にずんぐりとしていて体力に優れるらしい。よく躾けられているが、気性は荒く、彼等の扱いに慣れていない私には柵の中に引くにも一苦労だった。
「とはいえこれ以上は家畜を潰せないし、チーズも作れないぞ」
「……レモンなら輸入出来ると思う。少しでいいから作ってもらえないか?その代わり、来春には山羊を十頭君達に与えるのはどうだろう」
どうせ山羊を領内に入れるのであれば、最も上手く扱えるのはシル族の者達だ。クラリア村やネザ村のように家畜を世話する余力が戻った村にも何頭か与えるつもりだが、種類の違う山羊を買うのだから、シル族の者達に先に任せ、その山羊に見合う技術を確立させたい。
「山羊を十頭か……。そうだな、他の氏長と話してみよう」
「助かる。それと、今年も騎馬兵を見て貰えるだろうか」
「ああ、それは問題無い。今年はあんたも居た方がいいが、参加できるだろうか?陣の展開や馬の扱い方を長であるあんたが覚えずどうする」
昨年に新設されたばかりの騎馬兵隊は、ルクトフェルド領の退役騎兵が指導してくれているものの、彼等は冬から春にかけては帰領してしまう。そこで昨年、騎馬民族であるシル族の戦士達に訓練を見て貰ったのだが、これがかなり効いた。馬の扱い方が根本から違うのだ。
「冬のみと言わず、暮らしさえ安定すれば、戦士を何人か領軍につけてやってもいいのだが……」
「いいのか?一族を守る、大事な存在なのだろう?」
「いいや、今や俺達の民は戦士ではなくあんたに守られている。戦士の生き方を取り上げないのは、俺達の矜持を守る為じゃないんだろう?」
テオはそう言うと、ニッと口角を上げて強気な笑みを浮かべた。なるほど、確かにそうだ。
「……そうだな。君達の扱いは私の私兵なのだから、何も問題は無かった」
「上手く使ってくれ。あんたは俺等の王なんだから」
──んん?
思わず耳を疑うような呼称が飛び出てきたが、まぁ、気にしないでおくことにする。きっと彼等にとって氏長の上の地位は王になるのだろう。多分、それだけの筈だ。