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17 三つめの忠告

「嘗てアークシア王国がこの世に生まれる以前、王とその従者達は神殿から配偶者を娶り、子やその親族に次々と土地や人民を任せていった」


「……本当ですか」


「如何にも、本当だとも。教会は嘗てより、国の歴史を記録する役割を果たして来た。誰も改竄できぬ、最も事実に近い歴史を我々は幾つも守り続けているのだよ」


 鷹揚に頷いたファリスに、私はマレシャン夫人から学んだ歴史を思い返した。貴族の始まりは、王に認められてその補佐をした者達だと言われている。考え直せばそれは曖昧な表現であるし、その者達が神殿の者達であったとしても間違いという訳ではない。


 ただ、貴族の祖となった筈の教会の今の権力を考えるに、一瞬信じられないと思ったのは確かだ。

 教会の立場は確固なもので、この国とは一蓮托生。その割には、彼等がこの国へと及ぼせる力は本当に少ない。影響力があるのは、彼等が番人を司る『法』その物だけなのだ。


「無論、それで良い。法典はそれを禁じていない。秩序も守られている」


 しかし、とファリスはここで初めて眉を潜めて見せた。そんな表情を見たのも初めてだ。


「今、教会の中には愚かしい者達がいる。秩序を乱し、国を破滅に導かんとする、法の神に忠誠を誓いながらも強欲な者共よ」


 力強い、糾弾を含めた声でそう断じたファリスは、次の瞬間ぱっと視線を私からその後ろへと移した。釣られてそれを辿り振り返ると、ラトカが固まっているのが目に入る。ファリスが見ているのはラトカだと、一目でわかった。


「……私の下僕が、何か?」


「何をという事ではない。しかし、あの従者は今の話に心当たりがあるのではないかと思ってな」


 凄惨とさえ感じる笑みを浮かべたファリスに、ラトカは狼狽え怯える。


「ファリス殿、私の従者は我が領の村で生まれ育った者です。王都でも一時も目を離さずに側においております。国を破滅させるような企てに、関与などしている筈もありません」


 流石にそんな事をそのまま受け入れ、ラトカに詰問する訳にもいかない。しかし、私が庇うと同時にラトカは更に顔色を青くさせた。

 本当にファリスの言う通りに何か思い当たる事があるのか。

 焦りに手汗で掌が滑る。駄目だ、冷静になれ。誰にも気づかれないよう、そっと一つ深呼吸をした。


「勿論だとも、カルディア子爵。其方の従者がそのような事に加担しているとは、私も考えてはいない。だが、そうでなくとも心当たりくらいはあるだろう?」


 ファリスはラトカから視線を外そうともせず、こちらの焦りとは対照的な余裕ある声でそう繰り返す。それは最早、確信を持っての問い掛けだ。いや、確認と言った方が合っているだろうか。


「カルディア領のシリル村、という所にて、国内でよからぬ思想を撒き散らす修道女が布教活動を行った記録を掴んだ。生まれ育った領内の事だ。何か、知っている事はないかな?『エリーゼ殿』」


 ……肌が粟立つ。一体この神官は、何をどこまで知りおいているのかと。『エリーゼ』がどの村の出身であるか、かなり気を使ってその情報が出回らないようにしてきた。テレジア伯爵とて幾ら付き合いが長いとはいえ、完全にカルディア領の部外者であるファリスにそれを話したりはしない筈だ。

 どうやってそれをこの神官は知ったのか。

 神の目を持つというのは、この事を指しているのだろうか。


「……っ」


 ラトカが何かを言いかけて、その息を詰まらせた。凍り付いた瞳が私とファリスを何度も行き来している。

 ごくん、と喉が鳴った。指先を握り締めて、体と頭を正面へと戻す。まっすぐにファリスへと向けて。


「──生まれ育った領内というのであれば、それは私も同様ですが」


 ファリスが僅かに驚いたような表情で、ラトカから私へと視線を戻した。その顔に笑みは浮かばない。少し新鮮な気分で言葉を続ける。


「既にファリス神官は、その危険思想持つ修道女がシリル村で布教活動を行った事をご存じなのでしょう。私と同じ年頃の子供に、それ以上のどんな情報をお求めになっていらっしゃるのですか?」


「……ふむ。随分とあの従者に信を置いておいでのようだな、カルディア子爵」


「如何にも。あの者は私の領の民です。領主である私が信を置かずにどうするのですか?」


 ファリス何度かパチパチと瞬きをして、それからニヤリと口の端を吊り上げた。そうか、と頷いて、肩の力を抜くようにしてその威圧的な凄みを霧散させる。


「其方の言う事は尤もではある。だが、その者を側に置いておくのは辞めるべきだと忠告しよう」


 ……忠告しよう、だって?言われた言葉にも、その言い回しにも、不快さと、そして猜疑を感じた。眉を僅かに顰めて見せてもファリスは表情を動かそうともしない。


「弱みになるぞ。手放せぬのならば、もっと厳重に囲ってしまった方が良い」


 歌うような声だった。なのに、胃の辺りがぐっと重くなったような気がする。


「……お言葉、心に留めておきます」


 絞り出した声は地を這っていた。言い返す言葉もない。どうしてこの神官は、こうにも私の感情を揺さぶるのが上手いのか。


「そう怖い顔をするな。今の其方には、これまで以上の注意と警戒が必要なのだ」


「それは、どういう意味しょうか?」


「シリル村で布教活動をした事がある修道女共。今はノルドシュテルムを頻繁に出入りしておるようだ」

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