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13 宣誓と困惑

 王都に戻り、連れてきた盗賊団の身柄を国軍に預けて、その足でテレジア伯爵邸へと向かう。領地での事を報告し、私が王都を離れていた間にどんな事があったか、情報交換をするためだ。


「戻ったか」


「はい、伯爵」


「領内の被害はネザ村の娘二人のみという話だが、間違いないな?」


「盗賊団から直接的な被害を受けたのはそうです。捜索に割いたシル族の人手等を鑑みると、幾らか影響があります」


 テレジア伯爵は未だ体調が優れないらしく、面会は彼の寝室で行われた。

 寝間着に身を包んだまま寝台の上にいる伯爵は、こうして改めてよく見ると、記憶の中にある姿より頬の肉が落ちている気がする。自分が成長した事もあるだろうが、昔はあれだけ大きく見えたのに、今見下ろす伯爵は細く小さく……脆そうに感じられた。


「お身体の方は……」


「唯の疲労だ、問題無い。……流石に寄る年波には勝てぬな」


 本来ならば先に言うべきなのは身体の具合を尋ねる事なのだろうが、伯爵と私が話すと今のように業務連絡優先で自分達の個人的な項目は大抵後回しになってしまう。

 そういう所が、この老人を疲労で倒れさせるまで追い詰めた原因なのではないだろうか。──まぁ、お互い仕事だ。私の立場が彼にとっては部下なのか雇い主なのか、どちらかは知らないが、どちらにせよ伯爵の体調管理や仕事のペース配分は私が口を出すような事でもない。


「王都内では何かありましたか?」


 伯爵の体調に関しては早々に話を打ち切って、本題に入る。途端に伯爵は、唯でさえ厳しい顔を更にしわくちゃにして渋面となった。これは結構な事があったようだと、自然に背に力が篭もる。


「先日、王家主催の降臨祭が行われた」


「存じております。盗賊団の事さえなければ、私も参加する予定でしたが……」


「それに関しては、重要な社交の場を逃したな。降臨祭はシーズン最大の催しでもある。話を戻して、その降臨祭の場で王からとある発表があった」


 思いも拠らぬ話に、私は自分が無意識に瞬きをした事に気が付いた。

 王の口から不特定多数の臣下へ向けて直接出た言葉というのは、国を左右するものになる。とはいえ王自らが国政の何事かを決めるという事はまず無い。

 アークシアの王は国の運営・統治に関する全権を持つ。だが一人の人間には出来る事の限界があり、この国では王が貴族に代理権を与えることによって統治機構を形作っている。

 ここ最近の貴族院で国王から直接宣言して貰うような議題は無かった筈だ。


「王子の事だ」


「……ああ、なる程。王家の事に関しては貴族院の詮議に含まれないのでしたね」


 漸く合点がいって、相槌を打つ。王族関係と教会の事情に関しては現在勉強中で、話に対して情報を引き出すのに時間がかかってしまう。

 先日マレシャン夫人から受けた講義によれば、国政に関する事柄には、貴族院の担当でない権利系統が二つある。

 一つは外交に関することであり、もう一つは王家に関する事だ。

 外交に関しては王と大公家、上級貴族院によって決められ、王家に関する事は王族と教会と上級貴族院によって決められる。


「現在王族には数名の男児がいるが、王の直系男児が何人かは分かるな?」


「はい。王妃デュオニシア殿下の御子であるアルバート様と、中宮妃エーヴァリス殿下の御子であるアルフレッド様のお二方ですね」


 確認の意も込めてそう聞くと、テレジア伯爵はよしよしという風に頷いて肯定した。


「現在の王家の関係はまだ講義の最中だったか」


「そうです」


「簡単に説明すると、王妃であるデュオニシア殿下はプラナテス公国の公女であり、中宮妃エーヴァリス殿下はメルリアート家の姫でな。王妃と中宮妃の身分には差が無く、二人の王子のどちらが王太子になるのか分からずにいた」


 伯爵の説明したことは、最後に受けた講義で教わった内容だった。そこまで説明されると、話が何処に繋がるのかもようやく見えてくる。


「では降臨祭では王太子をどちらにするか、その宣言がされたのですね」


「左様。中宮妃殿下の御子である、第二王子アルフレッド様が王太子の地位に着かれた」


「アルフレッド様?アルバート様ではなく、ですか?」


 予想していた方とは逆の名前が出てきて、思わず確かめてしまう。伯爵が頷いたので、どうも聞き間違えでは無いらしい。

 慌てて講義の中で得た関連情報を記憶の底から掘り起こす。

 地位としての王妃と中宮妃の間には、アークシアの法の中では確かに身分差は無い。だが現在の王妃と中宮妃には、明確な身分の差が存在しているのだ。

 中宮妃であるエーヴァリスはメルリアート家、つまり王族の出身だ。メルリアート家の者は現在の王朝であるテュール家と共に聖アハルの直系血族として脈々と受け継がれてきた王統であり、国内での扱われ方は大公家のそれと変わらないが、王族の一員という以外に身分を持たない。

 一方で、プラナテスから嫁いできた王妃デュオニシアは、婚姻の際にプラナテスの地位を放棄していない。つまり彼女はアークシアの王妃でもあり、プラナテスの公女でもある。


 それに、王子達には生まれ順の差もある。アークシアは絶対的な長子継承・嫡男継承が法で制定されている訳では無いが、それでも嫡男継承が基本的とされている。

 母の身分が高く、また第一王子でもあるアルバートが次の王太子として目されていると講義の中で聞いた筈だ。


「誰もがその予想を疑っていなかった。アルバート様は王城の中でも聡明と名高い。王太子の器としては申し分無い筈なのだ」


「……では何故に?」


「解らぬ。それが解らぬ故に、現在の王都には動揺と緊張が広がっている」


 なる程、とまた頷いて、情報を整理する。

 王太子になる事が確実と思われていた第一王子ではなく、第二王子が王太子となり、第一王子を次代の王として考えていた貴族達が動揺している。……違うな、ただそれだけでは緊張が走る程の事ではない。

 少し考えて、第一王子の母の出身について思い至る。


「リンダールへの警戒から、プラナテスの反感を買うのではと貴族達は思っている……」


「そうだな。今プラナテスを刺激するのは得策ではない筈だ」


 誰もがそう思っているのだ。王がそれに思い至らない筈がないし、また上級貴族院もそれを踏まえた上で王太子を決めている筈だ。


「まあ、言っても詮無き事。我々のような一貴族には様子を見るしか出来ぬ事だな」


 困惑は確かだが、テレジア伯爵の言う事も尤もな事だった。王家や宮中の事など、私には雲の上の話なのだ。


「それでは、捉えた盗賊団から聞き出した事をお話しても?」


 優先するべきはもっと直接的な事、領地に関係する事柄である。そう頭を切り替えて、話題もすぱっと切り替えた。

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