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12 ラトカとのお喋り

 盗賊団への二周目の尋問が終わるか、という頃だった。

 王都は貴族院より鳩が飛んできた。曰く、国内に侵入を果たした盗賊団を国家的な警戒対象として定め、王直下の軍により身柄を預かるという。


「十日以上も時間があった事を幸いと言うべきか」


「奴等が国に取り上げられると分かってたのか?」


 手紙に対して呟いた言葉に、隣に控えていたラトカが反応する。私はそれにこくりと頷いて、何故そうなるのか説明を付け加えた。

 仕事が詰まってはいるものの、季節は夏、暑さに集中力が切れる。少しラトカとのお喋りに興じて気分転換を図るべきだと判断したのだ。


「捕まったとはいえ、奴等は国境防衛の為の領を抜けて内地にまで入り込んでいるからな。アルトラスが滅びた大戦からこれまで一度も無かった事だ。王領の守りはそれ程甘くない。少なくとも、『単なる』盗賊団が入り込むのは不可能だ」


「……でも、実際に奴等は入り込んでる」


 単なる、を強調すると、ラトカは視線を床へと下げる。与えられたヒントと持っている情報を組み合わせて整理をつけるべく、その年の割に回転の速い頭を働かせ始めたようだ。

 何かを考える時に視線を下げるのは、私の癖であるらしい。ラトカも真似をするうちに身についてしまったそうだ。


「アークシアの国内情報は、国外、特に友好関係に無いデンゼルではかなり希少なものだってマレシャン夫人から教わった」


「そうだな」


「平民なら尚更アークシアについての情報は少ない。デンゼルの中でアークシアとの繋がりを保っているのは、アークシアからの外交官が訪れるデンゼルの首都の宮廷だけ……アークシアの領境線についてかなり詳しく把握していたあの盗賊団は、デンゼルの宮廷と繋がりがあるって事か。そういえば、何人かアークシア語が喋れる奴もいたな。貴族が混じっているのか……」


 一つづつ情報を紐解いていくラトカに頷いて、ふと、自分の唇の端がじわじわと釣り上がる事に気がついた。


 この子供の思考回路は、同じ教育を受けている事もあるだろうが、基本的に私に似ているようだ。

 共有している情報を細かく確認していくには、情報に対する視点もほぼ重なっているラトカを利用するとかなり効率が良いらしい。次からもこの、今更気付いた利点は積極的に利用するとしよう。


「盗賊に教養がある事は知らないだろうが、貴族院の何人かは当然、奴等のとった進路の報告が上がればその不審に気が付く。隣国への警戒として自分達の目の届く所に置こうとする」


「そう、遅かれ早かれ確実に国が奴等を抑えるのは知っていた。だから尋問の為に盗賊達の消耗を急いだ」


 手の届かない所へ連れ出される前に、情報を絞れるだけ絞っておきたかったのだ。ラトカはなるほど、と頷く。

 私は一旦口を噤んで、机の上の水差しを指差した。喋っていると喉が乾くのだ。

 給仕にも馴れたのか、ラトカはほぼ無意識のようにグラスに水を継いで差し出す。アップルミントを浮かべた水は独特の冷涼感と爽快感があり、夏の気温に惚けていく頭をすっきりとさせてくれた。一気に全部煽ってしまって、話を再開させる。


「それに国内にも協力者がいる疑いがある。奴等は地理に詳しすぎた」


「協力者か。確かに、外交官が仮想敵国に国内の詳しい地理を教える訳がないな。でも、それなら何故、態々より警備の目の多い方へと盗賊団を移そうとする?」


 流石に貴族の考える事までは、まだ学習の追い付いていないラトカには荷が重い。思考が止まったラトカは、実に素直に疑問を口にした。


「王都の牢ならば、貴族なら囚人との接触は容易い。奴等を呼び寄せた連中は、どうにかして自分達の手の届く所に奴等を引き摺り出したい筈だ。もしもそれが懸念する通りノルドシュテルムの一派ならば、尚更ここに奴等が留められているのは都合が悪い事だろう」


「けど、それなら素直に渡すのは危険じゃないのか?」


「誰が素直に渡すと言った?」


 え、とラトカは一瞬固まった。そうして、二呼吸程後にぽんと手を打つ。実に嫌そうな表情付きで。


「なるほど。何人か『殺す』んだな、俺みたいに」


「俺ではなく私と言え、『エリーゼ』」


 やはりこの子供の思考回路は私に似ている。

 そう、何も貴族院の命令にそのまま従って、盗賊団の全員を差し出す必要等無いのだ。

 尋問の権利は一応、この手紙が届くまで確かに私のものだった。つまり、尋問の最中に殺してしまった事にして、一人か二人手元に残しておくのが可能なのである。


「誰を殺すかは、既に得た情報から既に決めてある。最初に尋問をした男と、もう一人、ブロンドの髪の男だ。……私はお達しの通り、捉えた盗賊を連れて王都へ戻るとする。支度は任せたよ、エリーゼ」


 私はそこでラトカとのお喋りを打ち切った。盗賊団のために領地へ戻っては来たが、盗賊団にばかり(かかずら)ってもいられないのである。


 テオに言った通り、王都での社交で他領から職人を受け入れる事になったのだ。領地にいるうちに出来る限り受け入れ体制の案も詰めておきたい。開拓地の問題も幾つか急ぎで解決できるものがあった筈で、それにも手を付けなければ。


 新入領民の受け入れとその関連事業全般を仕切るというのは、人生初めての内政仕事の癖に、やる事が膨大な数あって休む暇も無いのだ。領地の管理や復興作業等、テレジア伯爵の受け持ってくれる仕事を抜きにしてこれである。

 本当に伯爵様々だな……。

 伯爵はもうご老体で、私はまだ僅か七歳なのだという事を考えると、少しだけ泣きたくもなった。

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