11 尋問の時間・上
捕獲した盗賊団にまずやった事と言えば、舌を噛めないよう布で口を塞ぎ、武器を隠せないよう裸に剥いて、両手足を拘束してあの暗い地下牢に閉じ込める事だった。
湿気が多く、日の光も入らぬ暗く寒い地下牢は、そこに閉じ込められるだけで人間の精神を不安定にさせる。
幼いラトカがそこへ入ったのも三日の間だったが、それでも出てすぐはかなり憔悴していた。ものの数日で元に戻ったが。……そういえば、鞭を取らせに地下牢に向かわせたが、ラトカはけろりとした様子だった。明かりを灯しておいたとはいえ、牢の中でも普通に眠っていたし、あの子供は案外図太い神経をしているのかもしれない。
盗賊達には水を入れた桶を一つ与えただけで、後は丸二日放置した。這うしかない彼等は排泄も思うように出来ず、飢餓感に襲われ、口を塞ぐ布のせいで唯一与えられた水さえ満足に飲む事も出来ない。精神的な消耗を加速させる為の手だ。
三日目の朝、適当な一人だけを牢から出させた。碌な休眠すらも取れなかったのだろう、領軍基地の尋問室にの引き立てられて来た男の顔色は、青白く窶れている。二日間一切の食事を与えずにいたので、恐らく眩暈と吐き気も酷い筈だ。
「先に聞いておく。言いたい事はあるか?」
乱暴に水を被せられ、取り上げていた検分済の服を着せられた男は、汚らしく伸びた髪と髭で覆われた顔を皮肉げに歪めた。
「……野蛮で残忍なアークシアの貴族の、虜囚の扱いというものがよく分かった。貴重な体験だ」
気丈なものだ。そして勘も良い。
態々アークシア語で話し、第一声で私を子供と侮らず、『アークシアの貴族』と呼んだその男に最初に下した評価はそれだった。
「アークシアで最も残忍無道と名高い父の残した地下牢だ。文化の遅れた国外の者に休んで貰うのに、それ以上に寛げる場所が思い浮かばなくてね。柔らかな寝台は慣れぬだろう?」
皮肉は笑って流してやる。野蛮で残忍、等と貶められた所で、今更思う所は無い。カルディアに対しては、誰もがそう思っている筈だ。
男を取り押さえている領軍の兵士達が一斉に笑った。卑俗な育ち方をしたと公言して憚らない彼等は、他人の感情を逆撫でする言動に私より詳しい。尋問では相手の冷静さを崩す必要があると、幾つかの振る舞いに許可を出してはいたが、その判断はどうやら正しかったようだ。
盗賊の男は、兵士達の嘲りに顔色を僅かに赤くした。
「ほう、そんな寝台があるのか。てっきり貴族も平民連中と同じ様に、藁の中で眠るものかと思っていた」
「デンゼルでは未だに藁で眠る者がいるのか。やはり文明が遅れていると、色々と不便な所が多いようだ。お前達に地下牢を与えたのは正解だったな。平民の寝ている質素な寝台ですら、お前達には身分違いのもののようだから」
せせら笑いを浮かべて見せると、言い返す言葉が見つからなくなったのか、男はリングワレーヌ語で「クソガキが」と吐き捨てる。
兵士達がまたその様子を囃し立てる。本当に楽しんでいる訳ではないだろう。「下劣極まるカルディアの領軍」を装おって振る舞うよう、という私の指示を忠実に果たしているのだ……と思いたい。
さて、ここまでの皮肉のやり取りだけで、この男の身分が少しずつ見えてきた。
語学に長けたマレシャン夫人に叩き込まれた知識を引きずり出して、男の言葉と照らし合わせる。
訛りは強いが、アークシア語を話す事が出来る──つまり、教養を得られる生活を送ってきた者だ。
悪態をついた言葉はデンゼルやプラナテスで話されるリングワレーヌ語だった。俗語を発した割に、発音は滑らかで、上流階級の者のそれに聞こえた。
どう考えても、盗賊風情の話す言葉ではない。だが、ユグフェナから知らされた情報は「盗賊団が国内に侵入した」というものだった。何を根拠にユグフェナの人達がこの一団を『盗賊団』として認識したのか、確認する必要があるかもしれない。
一先ず得た情報をざっくりと整理して、そろそろ本格的な尋問に入ろうと、部屋の隅に立つラトカに声を掛ける。領軍の兵士といるため、今日もヴェールを被せられたラトカは、恐らくその布の内側では盛大に顔を歪めていることだろう。
「用意したものをここへ」
「はい」
ラトカは前に進み出ると、手に持っていた鞭からそれを束ねる紐を解いた。細い鎖と縄とが数本束ねられたその鞭は、縄に幾つかの結び目があり、血を吸って汚れている。
私の兄だった子供が、父から最初に与えられた玩具である。兄の六歳の誕生祝の時のものなので、今の私には丁度良いだろう。
その情報を、そっくりそのまま驚いた目で鞭を見ている男に教えてやった。男の顔がこの部屋に入って初めて、僅かに歪められる。
「これから幾つか質問させてもらう。答えても、答えなくても構いはしないけれど……何せ、地下牢には十一人もお前の代わりがいるからな」
但しお前への尋問が一通り終わるまで、次の者は出さない。
そう告げると、男は更に顔を歪めた。
「最後の一人は、出される時には餓死してんじゃねえのか」
領軍の兵士が下卑た笑い声を上げる。それが良い追い打ちになったのか、盗賊の男の顔がざっと青褪めた。なる程、仲間思いなのか、それともあの中に死なせてはならない者でもいるのか。
「こ……この、悪逆の異教徒共めっ……!」
男が怨嗟を込めて罵り声を上げた。
なる程、異教徒共と来たか。それは是非とも、彼の信仰する者の事を聞かせてもらいたい所だ。
思ったよりも簡単に吐き出される情報に、ほんの少し、仄暗い愉悦感が心の隅で浮き上がった。