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10 保護

 まだ20にも満たない年齢の女が二人、半狂乱になって泣き叫ぶのを担いで運んできた兵士に、言ってやれる言葉はこれだけだった。


「ご苦労、悪いが今すぐ部屋から出ていけ」


 地を這うような声が出たのは自分でも良く分かった。兵士は敬礼もそこそこに、逃げるように部屋から駆け出して行く。

 確かに保護した女達について、その扱いには詳しい指示を出さずにいたが、それにしたってこれはないだろう。盗賊団の下劣な男共に捕まって、散々嬲られたのだと一目で分かるような状態の女を、問答無用で似たような体格の男に担がせてどうする。恐怖心を加速させるだけだろうに。

 村の若い女達を先んじて集めておいて良かった、と数刻前の自分を評価する。彼女達に湯を張った桶と清潔な布を持たせて二人の女を託した。


「体を拭いてあげてくれ。終わったら食事にしよう。質素なものだが、全員分を用意させた」


「はい、領主様」


 気の強そうな村娘が一人、私に視線を据えて返事をする。他の女達は、恐々と頷いた。


 ネザ村から北へ随分と離れた樵小屋で休む盗賊団が見つかったのが昼頃。夏の日照時間は長いが、今は既に夕食の時間となっている。


 名主の夫人が食事を用意してくれている。盗賊団を発見したと連絡が入ったのが二刻前、そこから急いで黄金丘の館からスープを作る野菜類と、パンと果物を持って来させた。持ってきたのはラトカと、クラウディアと交代でラトカにつかせた三人の兵士で、黄金丘の館とネザ村を二往復する羽目になったラトカは流石に不満を隠せずにいる。フードを被っていても分かるほどに。


「……そう膨れるな。ほら、褒美をやるから」


 そう言って、ロークワットと呼ばれる果物を三つほど、その拗ねた子供に渡してやる。

 ロークワットは、おそらく枇杷、に近い果物だ。果実といえばベリー類しか無いカルディア領では、それ以外の果実は高級品だ。勿論、買ったものではなく、ここ最近の社交で知り合った貴族がお歳暮の如くに送ってくれたものである。


「いいんですか」


「構わない、褒美だと言っただろう。それに、王都で食べたそうにしていただろう」


 私の従者見習いとして幾つかの晩餐会や園遊会について回ったラトカだが、従者は水や茶などの飲み物程度は貰えても、食事に手を付けることは出来ない。この子供が初めて目にしたであろう甘味に、いつも視線を釘付けにしていた事は知っている。

 そうしてやっと機嫌を直したらしいラトカに食事の準備を指示して、未だに泣きじゃくる二人の女に視線を戻した。


 二人の女は、どちらも酷く痛ましい姿で保護されてきた。

 領軍が髪を発見したという事から予想は出来ていたが、女は二人ともざんばらに髪を切り刻まれている。暴力を振るわれたのが一目で分かるほど、その体中に青痣が散らばっていた。手足にはところどころ切り傷や歯型さえある。身に纏っていた服はボロボロで、胸元は破かれ、スカート部分も引き裂かれていた。

 村の女達によって体を拭き清められると、その痛ましさは一層浮き彫りになる。

 傷だらけの体に、カルディア領の民の服装がゆったりとしたダルマティカのもので良かったとしみじみ思う。内々地のようにコルセットを付けたり手足に布をまいて紐で締め上げる格好であれば、衣服を身に纏うだけで苦痛だったはずだ。村の女達が領主の前だから、と二人に帯を巻こうとするのを留め、運ばれてきた料理を分け与えた。


「食べなさい。食事をとると人の体は温まるものだ」


 体を清め、満足するまで物を食べると、見知った女達ばかりに囲まれている状況にやっと被害にあった二人の女は落ち着いたようだった。不安気に揺れる瞳は周囲ではなく私とラトカ、つまり彼女達にとって見知らぬもののみに向けられるようになり、その体の震えも収まっている。

 これから自分が行おうとしていることに、少しだけ憂鬱な気持ちになった。盗賊団が何を目的として彼女達を連れ去ったのか、それを聞きださなければならない。それがやっと落ち着きを取り戻した彼女達の恐怖心を掘り起こすような真似だと知っていても、私にはその義務があるのだ。


「……少しは、安心できただろうか」


 二人の女に何も出来ることなど無いのに、ずっと同じ部屋に留まっていたのは単に彼女達に私の存在に慣れてもらうための行動だった。その事にも少し、自己嫌悪を感じた。感じながらも、メモ束と木炭を取り出す。


 二人の女は緊張も露わに頷く。二人を含め女達の全員が、とうとう話が始まった、といった表情を浮かべている。ただ、女のすぐ横にいる母親達だけは、少々非難めいた視線を私に向けてきた。無視して話を切り出す。


「貴女方に暴行を働いた者共が何をしていて、何を言っていたか、覚えている限りの事を聞きたいと思う」


 良いかな?とは聞かなかった。何としても今聞きださねばならない情報であるからだ。

 見つめる先で、二人の女はみるみるうちに真っ青になっていった。今にも泣きだしそうな表情を噛み殺して、おそらくその地獄のような記憶を掘り起こしているのだろう。

 その瞬間、手の中の木炭が崩れた。

 いつの間にか握り締めてしまっていたらしい。新しい木炭を布に巻きながら、冷静になれ、と自分に数度言い聞かせた。

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