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08 捜索

 夜闇に松明の火が幾つも揺れる。それに紛れて今年も燐蛾がいくつも燐光を引きながら飛んでいる。小高い丘からは、その灯りの動きだけはよく見えた。


 テオが戦士達を引き連れて盗賊団の捜索に向かってから、そろそろ一刻半が過ぎるかという時間だ。

 簡易天幕の一つを借りて、ラトカは先に眠らせた。私もそろそろ眠いが、一次報告があるまでは起きていたくて、天幕の外で立っている。


 ふと空から矢鱈と重そうな羽ばたきの音がするのに気付いて視線を上げると、どうやって私の帰還を知ったのか、ラスィウォクがその竜の翼を広げてこちらへ向かって来るのが見えた。

 滑空と共にすぐ目の前に着地したその巨大な狼竜(ドラカニス)は、最早馬より大きくなっている。成熟にはまだ早いが、身体は既に成長を終えているのだ。

 ラスィウォクは私の前でその優美な身体をゆっくりと伏せた。くぉん、と甘えた声で鳴くのは、ここ暫く黄金丘の館を留守にしている事が多かったからか。


「出迎えありがとう、ラスィウォク。戻る予定は無かったのだが」


 犬と同じように耳の付け根を撫でてやる。鱗が剥がれないようにそっと指先を滑らせると、ラスィウォクは心地良さそうに目を細めた。


「デンゼル公国から、盗賊団が侵入したらしい。……隣国はなかなか休ませてくれないな。テレジア伯爵の齢も少しは慮ってくれれば良いのだが」


 皮肉を言えば、まるで人間のようにラスィウォクは軽く鼻を鳴らして返事とした。

 盗賊団。頭に浮かべたその単語に、ゆっくりと息を吐き出す。

 この世界にはよくある存在で、この国では、数年前までまさしくこのカルディア領から盗賊に身を窶す者達が多くいた。

 その大半は父が死んでからは領に戻り、戻ったうちの殆どが領軍に入った。彼らはテレジア伯爵の図らいで、罪人ではなく被害者としての側面が強調された。他にもまだ行方知れずの者はいるが、今の所、アークシア国内を騒がせる盗賊というものは居ない。


 盗賊というのは、基本的にはそれ一つで生計を立てるようなものではない。

 基本的には普段は畑を作ったりしている者が、飢えや貧困から余所者を襲うのだ。

 カルディア領のように、人から奪わなければ金どころか食料も着るものも無い状態になって初めて、盗賊団は余所の土地まで出ていくようになる。


 今回領に侵入したとされる盗賊団は、わざわざ国境を越えてやって来た。それも、デンゼルよりも遥かに治安の良いアークシアに態々侵入したのだ。単に略奪を目的としているとは思えず、また、彼らだけが独力でそれを行っているとも思えない。

 すると目的は何かという話になるが、それは分からない。上手く捕まえられれば良いが。


 ──地下牢の奥に仕舞い込んだ道具を、引っ張り出した方が良いだろうか。


 眼下で揺れる松明の灯りを無造作に目で追いながら、そんな事を考えた。

 態々関係の悪化している隣国から、我が領へと侵入した盗賊団だ。ユグフェナは被害も無いまま通過された。ジューナスは、協力を向こうから突っぱねてきた。捉えさえすれば、盗賊達の身柄と情報をどう扱うかは基本的に私とテレジア伯爵の権利となる。

 逆に言えば、彼等から話を聞き出すのも捕まえた者の役割という事だ。二度と領民の前に出すものかと地下牢の最奥に叩き込んだ、趣味の悪い父親の形見である尋問用の道具達を、誰が使えるかといえば恐らくそれは私自身だった。売るにも売れず、いつの日か全て溶かして武具にでもしてしまえと思っていた、鉄製のそれ。

 散々その使用方法を見せつけられた一年間の記憶は、未だ色濃く残っている。

 人の命と精神の玩び方を、私は知っている。どんなに悍ましく、疎ましく思おうとも、私はあのカルディア家で生まれ育った娘なのだから。


 ラスィウォクの耳がぴくんと揺れたのを指先に感じて、丘の下から登ってくる道に向き直った。暫くすると、何騎かが坂を登ってくる。その先頭を率いているのはギュンターだった。


「お館様!」


 丘を駆け上ってきたギュンターとその部下達は、私の横まで来ると、馬から降りて跪いた。彼は私の横に侍るラスィウォクに少し笑ったが、すぐに表情を改めて「報告がある」と声を張る。


「ギュンター、何か見つかったか」


「領境線沿いを行ったシル族の戦士達が、ジューナス側から侵入した蹄跡を見つけたそうだ。近場にあるのはカロン村とネザ村、ネザの自警団からはネザの外れに住んでいる娘が二人程今日の夕方から行方知れずになっているという報告が入っている」


 やはり盗賊団はカルディア領に侵入してから、もう一度ジューナスに出ていたらしい。領境線を超えられれば手出しは出来ない。小賢しくも、相手はその警備の穴を抜け目なく突いてくる。


「探せ。追跡に長けたものに蹄後を徹底して追わせろ。ラスィウォクも連れて行け。私とクラウディアはネザ村に移動する。娘二人の保護を優先しろ」


「了解。護衛に三人残していくからな」


 返事を聞こうともせず、ギュンターは馬に飛び乗った。私からも言う事はもう無いので構いはしない。馬の蹄の重い音が加速と共に遠ざかる。ラスィウォクも私の手に自分の頭を擦り付けると、殆ど音も無くその後に続いて夜の闇へと紛れていった。

 残された三人の兵士と、傍らに控えていたクラウディアに指示を出し、私も馬に跨がる。ラトカは置いていく事にした。捜索範囲を領の南東側へと少しずつ狭めるよう、その場に待機していたシル族の戦士にも命令を下して、ネザ村への道へと手綱を繰った。


 遊牧の民は群れを追い込むのに天性の才を持っている。

 一度包囲した群れを、決して外へは逃さない。ジューナスからもう一度この領に入ったのが運の尽きだ。私の領民に手を出したのは、更に命運の尽き。

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