02 子供の遊び
昨年の秋終月に目が覚めてからというもの、病み上がりにも関わらず私は慌しく働き詰めであった。半年経って漸く落ち着いてきたと感じられるくらいである。
というのも、私が一月も寝込む事になった切っ掛けのユグフェナ城砦防衛戦で、難民の受け入れ計画に大幅な狂いが出たせいだ。
貴族院の緊急集会からユグフェナ城砦防衛戦までに春終月の始めから秋の上中月半ばまであったが、その間に流れた月日は僅か六ヶ月程の期間である。
……因みにこれは最近思い出した事だが、前世で言うと一つの季節は三ヶ月程だったと思う。ところがこちらは月の満ち欠けが四度巡って一季節であり、一年は十六ヶ月。閏年は無く、月はきっかり二十八日周期で満ち欠けしているので、日数にして448日となる。
前世よりも一年の長さがある割に、人の成長と老いには特に違和感は無い。簡単に考えればこの世界の人間が世界に合わせただけ長寿な生き物なのかもしれないし、私の感覚ではもうわからないけれど、前世と比べて一日の長さが短いのかもしれない。
話を戻すが、難民は夏の上半月から一月毎に五十人ずつの受け入れが計画されていた。
最終的には二千人余りの受け入れを行う筈だったのだが、ユグフェナに残されていた難民が全て殺されてしまったため、カルディア領で引き取れたのは僅か二百五十人という事になる。
同時に一時受け入れを行ってくれていたジューナス辺境伯領に八百人程の難民がまだ残ってはいるはいるが、開拓村が落ち着き次第順次引き取る手筈となっている。難民の感情を考えると受け入れを始めてしまえば途中で制限を掛けることなどは出来ないため、彼らを引き取るのはだいぶ先の話で、これは今のところ考慮に入れずにおく。
次にシル族だが、こちらは想定していたものより大幅に人数が増えている。
最初は四十人と聞かされ、氏族の合流も考えられるだろうと余裕を持ったつもりでその三倍の百二十を予想数としていた。
ところがバンディシア高原奥地や黒の山脈にまで隠れていた氏族連中がこれが最後と覚悟を決めて出て来たらしく、結局三百余名の多所帯に膨れ上がった。デンゼル側が放った三百の追手を相手に一月近く粘ったのも納得の話だ。
合わせておよそ六百人だが、元々受け入れる予定だった人数の半数以下である。土木業に一斉従事させてまずは村の体裁を整えて貰わなければならないのだが、この工期が殆ど一から組み直しとなった。
何しろ半数を締めるシル族は遊牧民であり、彼等の住居は移動式のもので、通常の建築技術が無い。その上農業も行わないため、耕作技術も無い。
唯一バンディシア大陸から更に西奥に引っ込み、黒の山脈で移牧民へと生活様式を変えた幾つかの氏族だけはかなり立派な家を建てられるが、建材を用意できず彼等の能力を活かす事は出来なかった。彼等の住居は建材に木ではなく土と石を利用するのだ。残念ながら、カルディア領に石材は殆ど無い……とされている。
時間と費用がないので、取り敢えずは木材で家屋を用意してもらうしかないのだ。粘土は取れるので、後々には煉瓦を組み込む予定ではある。
領民から移住の希望を募ってはみたものの、案の定希望者は微々たる物だった為、未だにこの問題の対応策は検討中である。
さらに開拓地の指揮を取っていたカミルが死んだ為、新たに誰がその役を務めるかという問題が出た。アルトラス語が出来て新入領民の指揮を取れ、こちらとの意思疎通が容易に出来る人材など、新たに探すというのも無理な話だ。
開拓に従事させる領軍の兵も、一時三十人居たが今はたったの十人となってしまっている。これはユグフェナ城砦へ出兵する際に覚悟していた事ではあるが、防衛戦で十七名の死傷者が出てしまい、領軍本拠地から余剰兵力を割くことが出来なくなったのだ。
結局これは、開拓地の少し西、カルディア領の中央に新たに直轄地を設けて私がそちらに移る事に決まった。元々そういう計画があったため、これは予定が前倒しになったともいう。
その他、私が寝込んでいた為に片付けられずにいた書類をどうにかしたり、戦後処理で王都とユグフェナ城砦を往復したりと、兎に角やる事が多過ぎて休む暇が無かった。
──というのを、目の前でじとりと私を睨む子供に説明する事体感時間で三十分程。
漸く子供は、むっつりと口を開いた。
「で、忙しさのあまり俺の事はすっかり忘れていたと」
落ち着いた声は怒鳴られるよりも冷たい何かが確実に含まれていた。会いに行くだけで怒鳴り散らしていた頃よりはマシになったのだろうと思いたい。
「違う、お前に会うより先に片付けなければいけない仕事が山積みだったと説明している」
「それがほぼ一年、結果的に放置し続けた相手に言う事か?」
私が放置している間も教育は続けられていたらしく、言葉遣いが段々と私に似てきている。紅茶色の瞳がすっと細められるその仕草まで私と似ていて、いっそ関心するくらいだ。
「……放置も何も、私はお前に用など無かったが」
口をついて出た言葉に、相手の額に青筋がピキッと浮き出たのが分かった。
「それともまさか、年下の私に構ってもらいたいと思っていたのか、お前」
「ぶん殴られてぇのか!」
「おっと、品のない言葉を話すのは謹んでくれ」
怒りと苛立ちで顔を真っ赤にした『エリーゼ』ことラトカを見て、思わずふっと笑いが漏れた。子供をおちょくってのストレス発散というのは、どうしてこうも癖になるのか。
肩に目掛けて放たれた拳をひょいと避けて、なる程兵舎にいた頃に私を揶揄していた兵たちはこんな気分だったのだなと納得した。