00 二つの視点
ゲームや小説、漫画、アニメ、ドラマ、映画など、娯楽の為に発展した作品群というのは基本的に何らかのカタルシスを得る為のものだろう。
前世で一度だけ、妹から勧められてやってみた乙女ゲームというのもその例から漏れない。
ヒロインの視点を通して他者の苦悩を打ち切る手助けをしたり、数値化されたパラメーターを上昇させて分かりやすく魅力ある人間へと成長したり、登場キャラクター達の人間ドラマを楽しんだり。
スペックの高い異性と恋愛行動を行ったり、或いは、その経過において誰かに打ち勝ったり。
そうして優越感や充足感を得るものだ。
中世ヨーロッパ風ファンタジーというふわっとしたイメージだけで構成された世界観と、女性の理想をこれでもかというほど詰められた攻略対象の男性キャラクター達は現実性に乏しい。これもまた、深く考えずに受け止められるという娯楽色の強さを全面に押し出す作風だった。
中には緻密な設定を元に、ストーリーの深みによって小説のような味のある乙女ゲームも存在するだろう。カタルシスという言葉の原義の通り、憐れみや恐れという感情を引き起こそうというものもあるかもしれない。
しかし私が唯一知るものは、そうではない。
単に隣国からやって来た主人公が、自分の夫となるものを探すべく、貴族の学び舎を舞台に恋愛ロマンスを繰り広げるという、それだけのものだった。
決して人間の残虐性や汚さを描くだけ描いて終わる、何のカタルシスも得られないようなものでは無かった筈なのだ。
私は血に染まった大地を見回した。
最早誰かも判らぬような死体が、ゴミのように転がっている。
国と国同士が武力でもってぶつかり合う。その圧力に轢き潰されるのは人間だ。
何のために戦うのか、多くの人命の犠牲の先に、死者たちが勝ち得るものなど無く。
勝利に酔いしれるための酒など、何処にも存在などしないのだ。
この世界は、一人の女が隣国の王子やら大公家の子息やらとの恋愛を楽しむために作られたものである一方、画面に出てくる事も無い人間達にも確かに血の通っているという現実でもある。
カタルシスを得られるような理由が無くても、人が殺し合い、死にゆく。
或いは、一切のドラマ性など無く、力尽きて朽ちてゆく。
大層な主義など持たない人間が、単なる感情や欲望で誰かを殴りつける世界。
そうと分かっていても尚、着々とあのゲームの設定へと状況が似通っていくと、単に舞台を整える為にこの争いが起こったのではないかという、現実味を欠いた馬鹿な考えが浮かぶ。
私は単に恐怖していた。
この世界は現実などではないのではないか?
私は夢を見ているだけでなのではないか?
確かに自分が感じている現実感を、自身の記憶が崩そうとする。
私は何のために人を殺したのだろうか。
私は何のために人を死なせたのだろうか。
人の死に、意味等無いという事なのだろうか。
前世の記憶など、思い出さないほうが幸せだったのではないだろうか。
もしも私があのゲームの事など知りもしなければ、こんな争いも起こらずに済んだのではないだろうか。
考えても詮無いこと。
分かっているのだ、そんな事は。
物事の意味等誰も完全には知りえないという事だけ、理解できればそれで良いのだと何度も自分に言い聞かせた。
この世界が前世の記憶にあるゲームの舞台なのか。
それとも、確かに人の息づく現実であるのか。
何を持って現実であると断ずるか、その基準もなければいつまでたっても決める事は出来ない。
だから、私は二つを一つに決められないという、それだけを受け入れるしかないのだ。