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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一部『カリカチュア』・一章
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06 隣国への懸念

 見事な黄金の原であった小麦・黒麦は全て刈り取られ、カルディア子爵領には早くも静寂の冬が訪れようとしている晩秋。

 見習い兵士体験コースも終了間近となり、最近は吐き戻す事も少なくなった。毎日毎日体長より長い鍬だの鋤だのを持って長い距離を歩かされ、あまつさえそれを振り回したりするのだ。それだけの運動量をこなしていて体力がつかない方がおかしいというものだ。


 兵舎から屋敷への生活へと戻る日も目前となった、そんなある日。コースが終了するまでは足を踏み入れる事は無いだろうと考えていた黄金丘の館一階にある領主の執務室で、現在私は四枚の地図を前にテレジア伯爵から国家情勢の授業を受けている。


 テレジア伯爵は領内の法をかなり改革しており、特に領軍に関する物は全て伯爵の手によって制定されている。

 彼が来るまでは領軍は有って無いような存在だった。何しろ父の取り巻き十数人が武器を持ってふんぞり返っていただけだったのだ。


 一応、アークシアでは諸領が全て軍を持つように定められてはいる。

 尤も大陸最大の国家であるアークシアに侵入を目論む国は殆ど無く、内地は王国成立時より平和なもので、領軍とは名ばかりのものの方が多い。まともな領軍を保持しているのは国境に面する辺境伯領のみと言っても過言ではないだろう。

 アークシア王国はその前身となった神聖アール・クシャ法王国時代より軍事行動による他国への侵略を一切放棄している。現王国へと移行してからは国境は常に閉じられていて、出入りが許されるのは国王の旅券を持つ者だけだ。

 外国との間にあるのはお互いに一切の干渉をしない平和条約か、国家に承認された商人の貿易交流のみを許可する友好通商条約のみとなっている。ほぼ鎖国の状態を保っていると言える。

 大陸全体の情勢としては、国家の興亡が日夜激しく起こっている。アークシア王国以外の国家がほぼ常時戦時警戒体制を国家全土に敷いているような状況だ。

 アークシア王国がその平和を保っていられるのは、他国が小国の規模から発展しないままである事が大きく関係する。同規模の国との遣り取りで諸国は忙しく、突出した大国であるアークシアに手を出す暇が無いのだ。


 その中でテレジア伯爵がここカルディア子爵領の領軍を育てているのには、勿論理由がある。東諸国への警戒の一端だ。


「リンダール連合公国、ですか」


「帝国に名を改めるかもしれぬがな」


 アークシア王国の東方では百年程前から四つの国がその領土の拡大を続けている。即ちデンゼル、プラナテス、ジオグラッド、パーミグランの四公国である。

 元々、リンダール王国と称される大陸北部の東方一帯を統治していた国家が、南北東西に四公を置いてその統治をさせたのが始まりであり、各公領がそれぞれ近縁の多民族を吸収していくにつれ独立した国家としての性格を強めていった事から起こった国家群とされる。


 その四公国間で、大公を立てて連合国として再統一をしようという動きが出ているという。それぞれが多数の民族を支配下に置いているので、帝国として名を改めるかもしれないが。


 今でこそ四の公国はアークシアと比較すれば小国の規模ではあるが、一つの国家として纏まればアークシアに匹敵する大国となる。同程度の国家が誕生するとなれば、アークシア一国が保持していた優位性は無くなる。リンダール側の動きにもよるが、二国間での戦争も現実的な可能性となってくるのだ。


「カルディア領はデンゼル公国との間にユグフェナ王領を挟むだけだ。リンダールとの開戦となれば戦線への参加命令が下されるだけでなく、下手をすると戦地となる場合もある」


 テレジア伯爵が噛み砕いて細かな説明をするのを、大陸北部が記された地図を睨みながら頭に叩き込む。

 リンダールの成立とともに大陸北部のパワーバランスが一変する。その影響を最も直截的に受けることになるのがアークシアであり、内々地はともかく、東の外内地に位置するカルディア子爵領は警戒体制を取る必要性から免れられないという訳だ。


 マレシャン夫人からはまだ国内に関する事しか詳しい講義を受けていなかったため、テレジア伯爵は国外に関する諸事の概説を逐次挟む必要があった。

 執務室へ入室したのは朝だったというのに、伯爵が本題に入ったのは昼の軽食を摂った後となる。


「……リンダールの話をお前にするのはもう少し先にしようと考えていた。少なくともお前の誕生祝いが終わった後にしようとな。早めたのには理由がある」


 テレジア伯爵はそのように本題を導入した。

 彼はまず、大陸北部中央を精密に描写した地図を取り上げて、デンゼル公国とユグフェナ王領の境を指差す。


「国境に沿ってユグフェナ城砦が築かれているのは知っているな?」


「はい」


 ラスィウォクの兄弟が飼育されている砦だ。東方、魔物の森と呼ばれる森林地帯の向こうにあり、カルディア領で作られた穀物の主な出荷先となる。

 距離が開いているわけではないのだが森林地帯を迂回しなければならないので、行くには馬を使って四日程かかるだろうか。

 伯爵は王領の北東へと指先を動かした。バンディシア高原の南端付近にくるりと円を書いて、軽く叩く。


「遊牧の民については知っているか?」


「牧畜を生業に定期的に移動する生活様式をとる民族。合っていますか?」


「概ねその認識で間違い無い。バンディシア高原南部に、シル族と呼ばれる遊牧民族がいる。アルトラスの支配下にあったが、デンゼルにアルトラスが陥とされてからは周辺の農耕民と共にデンゼルに抗っている者共だ」


 伯爵が用意した四枚の地図のうち最も古い地図を引き出して、今は亡国となったアルトラスの版図を確認する。バンディシア高原を含む黒の山脈東部一帯を一時支配した国家がそれだ。高原の北の地にあった首都レメシュがデンゼルに陥落したために国家としての一切の機能を失って、現在はデンゼルの領地として組み込まれている。

 元々アルトラスはシル族を含むアルトラス人の民族国家として建国され、周囲の農耕民族を取り込んだ帝国だった、とテレジア伯爵が一言挟む。


「デンゼルが東の農耕地を抑え、シル族が徐々に西へと移動してきている。高原沿いに下ってきた場合、王領の目の前で戦が起こるだろう。あの一帯は平野が広がっている。実際に貴族院でシル族と手を組んでいた農耕民が難民として砦に保護されているという報告がされた」


 シル族側の勝利は万に一つも無い上、リンダールを成立させるとなるとデンゼルが彼らを放置する可能性は低い。

 アルトラスが地図からその名を消してから五年は経つ。抗戦体制を維持して長いシル族が敗北の後デンゼルの民として受け入れられる事は無いだろう。


「デンゼル側はシル族を絶やすつもりで、シル族側もそれを承知で抗っている……という事ですか」


「そうだ。今更の降伏は無い。しかし、シル族は少数部族とはいえ、優秀な騎馬民族。アークシアに辿り着くまでに滅ぼされるとは思えぬ」


 砦を背にしたシル族の決戦は必ず起こるだろう──そうなれば、アークシア側も無関係ではいられない。ユグフェナ王領に面した諸領に従軍の命は下ると考えていい。


「領軍を率いるのは領主となる。つまりエリザ、お前だ」


 カルディア子爵としてその爵位を継いだからにはその義務が生じる。平和に浸ったアークシアの王侯貴族達は、リンダールの話も当時は存在しなかった四年前に、二歳の私にその爵位を襲爵させたのだ。


「領軍の大将であるカルヴァンに戦場での指揮は任せれば良いが、最低でも砦まではお前も出る事になる。砦の防衛に万が一のことがあれば、お前も武器を握らねばならぬやも知れぬ。兵舎暮らしから戻り次第兵の率い方、馬の乗り方を教えよう」


 是も非も言える筈が無く。

 ずっと遠いものだと思っていた戦というそれが現実のものとして迫っているのだという事が、静かなテレジア伯爵の瞳から見えて、ただただ頷くよりなかった。

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