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47 ユグフェナ城砦防衛戦・5

 口を利くのも汚らわしい、と副隊長に対して思っていた事を知っているためか、隊長に「戻った方がいいですよ」と伝えたのはパウロだった。


「エルグナード様から伝令です。これから敵陣に騎士団を偵察させるため、本軍はこの場で待機との事です。僕達左翼はいつシル族の合流があるか分からない為、気を抜かずにいるようにとの事でした」


 何?と聞き返した隊長は、自分のパランケス隊を見て慌てて引き返して行った。隊の後半は本軍の動きがみえているためか停止し、中ほどもカルディア子領軍の動きを見ているために停止しているが、前の方は前進を続けている。


「……人のところに口出しする前に自分の隊を指揮しとけってんだ」


 不機嫌丸出しでそう零したギュンターに、私は黙ったまま親指を立てて首の前に線を引き、「止まれ馬鹿者共ー!」と叫んでいる隊長を指した。後ろでパウロが再びくすくすと笑った。


「まあ、そうなるわな」


 ギュンターは肩を竦めると、領軍へと向き直って整列させる。

 もともと、本来であったならば既に会戦が始まっていただろうポイントを少し過ぎている。シル族の到着は時間の問題と思われた。




 四半刻ほどそのまま周囲に警戒を続けていただろうか。

 それまで何事も無く不気味な静寂を保っていた平原は、後方から聞こえてきたざわめきによってその表情を一変させた。


「何だ?」


 胡乱気な声を上げたのはギュンターだった。その声に答えるかのように、最後列から兵士の声が届く。


「お館様!後ろで土煙が上がってます!」


 ほぼ同時に中央の軍から鬨の声が上がる。敵襲?まさか、後ろから?


「お館様、あれ見てください!」


 パウロが私の肩を掴んだ。彼の声の通り馬を反転させると、私の目に映り込んだのは敵の陣の後方にある天幕から立ち上る黒煙だった。


「……火?」


 それに長く構う暇も無かった。次にギュンターが声を張ったからだ。


「おい、来たぞ!」


 兵士達のざわつきはすぐに納まり、緊張が走る。北東からも馬の走る土煙が上がっていた。先頭を走る兵がユグフェナ城砦の旗を掲げている。


「旗、掲げぇ!!」


 シル族を誘導する騎士団の第三部隊がこちらにすぐに向かえるよう、領軍側も旗を上げた。すると側方からも「構え!」という号令がする。パランケス隊が早くも斜めに列を直し、密集陣形を取って槍を構えさせたのだ。


 シル族と貴族の第三部隊は速度を落とさずに突っ込んできた。とはいえ、見えるところにいるのは自分で走ってくる男が多く、次には馬に乗った子供が続く。子供達は二人、三人で馬に乗っていた。先頭の旗持ちだけは私の前で止まり、「カルディア子爵ですか」と確認してくる。私がそうだと頷くと、彼は敬礼を取って別働隊の報告を手短に始めた。


「シル族ですが、報告よりも圧倒的に数が多いです。ユグフェナに辿り着いた女性がバンディシア高原を離れた後に合流した氏族がいたそうです。男達は子供、女に馬を譲り、後方に彼らの戦士、騎士団の第三部隊の順に走っています」


「了解しました」


 そう言っている間に目の前を子供の乗った馬が通り始め、喧騒の声と金属音が近づくと共に女達が馬を走らせて来た。その後方には武器を構えた騎士が数名走り、残りは恐らくその後ろで追手を抑えている。


「こちらは恐らく、デンゼル側の罠に嵌まりました。デンゼル兵は南からユグフェナ軍の後方に回り込んでいます。本陣から鬨の声が聞こえたため、開戦していてもおかしくありません」


「それでは我々の退却にはバンディシア高原の道を使って城砦に戻りましょう。道は私にお任せ下さい」


 出来ればそうしたいと思っていたので、私は即座に頷いた。

 そこへ騎乗したシル族の男がやってきて、私達の前で馬を止める。弓を手に持っているが、背負った矢筒には矢が無い。


『おい、俺達で武器の無い奴は最後だ!こっからどうするんだ!?』


 男の口からは流暢なアルトラス語が飛び出して来る。それを理解出来るのは騎士と私だけで、ギュンターとパウロは視界の隅で顔を見合わせている。


『高原を通って我々の城砦へ行く!平原は戦いが始まっている為通れないのだ!』


 騎士が答えるうちに視線を滑らせれば、後方から更に東に向かって矢が飛ぶのが見えた。怒声や悲鳴が生々しく響いてくる。追手のデンゼル兵が近い。その間にも矢を使いきったシル族の男や、怪我をしたものが続々と続く。彼らからは血と土の臭いがした。


「行きましょう。ユグフェナ城砦に出発します」


「了解しました。カルディア子爵、領軍の先頭へ」


 背後を任せる事になるパランケス隊に不安はあったが、この場に留まるわけにもいかない。パウロが思い出したように馬から飛び降りて、それから私は手綱を引いた。


「カルディア子領軍、撤退準備!撤退だ!」


 私が横を通った兵が次々に向きを変えて剣や槍を掲げる。彼らの合間から、シル族の男達が先頭を走っていた者達に馬を譲るのが見えた。


「バンディシア高原を通ってユグフェナ城砦へと戻る!行進、始め!!」


 領軍が下がると同時に、パランケス隊の後列が前へ出て行った。わぁっという声と共に、馬の嘶く声と人の悲鳴、ドッ、という衝撃音が追いかけてくるのを最後に聞いた。

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