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41 黒鉄の城砦・下

 昼食を摂って一息つくと、エルグナードが修練場を見に行くかどうか聞いてきた。そうして、ああ、と今朝の彼の言葉を思い出す。そういえば、エインシュバルク王領伯から視察許可とやらが出ていたのだった。


 現在、カルディア領軍の兵士はユグフェナ城砦防衛兵団の下で訓練を受けている。領軍としての動きだけでは心もとないという考えが私・ギュンター・エインシュバルク王領伯とユグフェナ城砦防衛兵団の間で一致したため、デンゼルの軍が迫るまでの期間で出来る限りの訓練を受けさせて貰える事になったのだ。

 ユグフェナ城砦とその城壁を繋ぐようにして最南端にある巨大な箱のような建物が兵団と騎士に与えられている修練場だ。私は城砦と城壁との間で槍の稽古を受けているため、今まで入った事は無い。


「……申請してもいないのに許可が下りたということは、エインシュバルク王領伯は私に自分の兵を見に行って欲しいと考えていらっしゃるのでしょうか」


「間違いなくそうだろう」


 一応確認の意を込めてそうエルグナードに尋ねると、一切の迷い無く頷かれた。貴族間の遠回りな遣り取りや言い回しが未だによくわからないギュンターがなにやら微妙な表情をしながらこちらを見る。


「それでは、行くしかないでしょう」


 行かないと言ったところでデメリットしか無いような気がしてそう言うと、エルグナードはなにやら曖昧な笑みをぎこちなく浮かべた。子供の上達を微笑ましく思っているような、それでいてませた子供に向けるような笑みだった。

 そっと頭を振ってその笑みを見なかった事にして、その話に区切りをつけた。




 黒鉄の城の修練場は予想よりも遥かに無骨で圧倒的な造りをしていた。わざわざエルグナードが城壁と城の間を通って来たのはこれを見せる為だったのだろうか。

 あまりこちらへは近寄らずにいたため、この巨大な箱のような建造物の重厚さを目の当たりにしたのは初めてだった。城の塔よりも遥かに高い塔が四隅に配置されていて、思わずその天辺を見上げようと顔を上げたら後ろに倒れそうになる。


「おっと。気を付けなさい」


 エルグナードが背に手を回してくれたため、後頭部を硬い石畳に打ちつけずに済んだ。


「……お見苦しいところをお見せしました」


 自分の体が子供のものだという事をすっかり忘れていたため、間抜けな事をしでかした。羞恥を顔に出すまいと躍起になりながらもなんとかそう言葉を振り絞ると、エルグナードはそれを見透かしたようににやりと笑う。はしゃいでいるとでも思われたのだろうか……そう思うとますます気恥ずかしさが増す。何も言わずにいるギュンターさえ半笑いで私を見ていた。


 内部は昼だというのに火が灯されているが、それでも外より薄暗い。闘技場に似た造りとなっていて、掘り下げられた中央で領軍の兵が密集陣形と散開の練習を繰り返しているのが眼下に見えた。


 領軍の兵士たちは、手甲や脛当て、頭巾などに金属のものを着けている。この城砦で二十年前に使われていた装備で、今では利用者がいない事から、派兵の礼として下げ渡されたものだ。


 これから先も領軍の質を上げるなら、金属装備は必須になる。今の領軍ならば下げ渡された装備でいいかもしれないが、騎兵で隊を作るならば領内で金属加工が出来るようにならないと維持費が何倍も飛んでいく事になる。

 やはり早い段階での鍛冶職人の誘致は必須だろう。しかし、難民の受け入れを行った今の状況で更に領内に人を入れるのも治安に不安がある。


「カルディア子爵、何を難しく考え込んでいるのだ?」


 声を掛けられてふと気がつくと、エルグナードは既に中央部へ降りる階段を下っていた。隣に立つギュンターが呆れた目で私を見下ろしている。


「何やら厳しい目で領軍の兵士を睨んでいたが……訓練が足りないか?」


「い、いえ。そうではありません」


 装備を観察しつつ領内の事を考えているのは、傍から見るとそんな風に思えるのか。慌てて首を横に振ってエルグナードの言葉を否定すると、エルグナードは無言で首を傾げた。


「そ……その、動きがかなり良くなっていたので。どのような訓練を施せばこの短期間で兵を磨く事が出来たのかと考えておりました」


「それを知りに来たのではないか。ほら、来なさい」


 エルグナードは柔らかく苦笑して私を手招く。その様子に、薄ぼんやりと何かの影が脳内で重なって見えた。それが何なのか暫く気にかかったが、何度記憶を浚っても思い浮かぶものは無い。

 エルグナードに手を引かれて階段を降りながら、ああ、あれは前世に見たものだろうなと思いついて、すとんと納得した。もう遠いものとなっている前世の記憶に、一抹の寂しさを感じながら。




 視察は結局いつの間にか私の指揮訓練と変わり、夕食時までそれは続けられた。

 午前も新しい事を初めて疲れていたのに午後にも動かされて、夕食を食べる頃には頭がぼうっとするほどクタクタになっていた。


「おい、おい大丈夫なのか御館様」


 隣のギュンターが眉根を寄せた心配顔で私の方を揺する。暫くその声を呆けながら聞いていたが、やがて「大丈夫か」と言われている事に気がついて、こくりと首を縦に振った。口を効くのも億劫だったのだ。


「……それのどこが大丈夫なんだ」


 やっと返事をしたことに一先ずはホッとしたのか、次は呆れ返った表情を浮かべたギュンターが私の頬をむにりと抓む。止めんか、とその手をはたき落として漸くギュンターは私から手を引いた。


「疲れてるんだ、放っておいてくれないか……」


「まぁ、そりゃ分かっちゃいるが。寝台まで歩けるのか?今にも寝そうだぜ」


「もしも動けないようなら私が抱えて行こう。心配するな、ギュンター殿」


 傍らで食事を摂っていたエルグナードが、ナプキンで上品に口許を拭ってからそう言葉を挟む。私はその頃には再び頭が回らなくなってきて、ギュンターとエルグナードが何やら話をし始めるのをぼうっと見ていた。

 呆れ顔やら心配顔やらを浮かべてあれこれと言葉を交わす二人を見上げながら、修練場でエルグナードに重なって見えた影を思い出す。


「……ああ、父さんと母さんか」


 今度はするりと出てきた前世の親の存在が、ぼそりと口をついて出た。


 ぎょっとした顔でギュンターとエルグナードがこちらを見下ろしたのを最後に見て、私はそのまま皿と皿の間の僅かな隙間に突っ伏した。もう限界だった。

 この世界で初めての寝落ちをする中、周囲が俄に慌てふためく声を上げたのを、不思議と満たされるような気持ちで聞いていた。

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