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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第二章

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34 転調

 候補者の身分はそれこそ男爵令嬢から大公女まで様々だが、巫娘候補に選出されるだけあって、課題の完成度は皆高い。


 とはいえ、一対の衣装・歌・伴奏と要素ごとに見ていけば、やはり身分が低いほど粗が見えるようだった。

 人手か経済力、或いは単に文化的な素養や教養……何かが足りていないのか、どこかの要素に欠けが見えやすい。


 例えば、旋律は良いが伴奏と歌のテンポが微妙に合っていなかったり。衣装が質素、或いは単に流行のパターンメイドであったり。

 とりわけ衣装に独特な世界観が現れる令嬢ほど、歌が苦手そうか、伴奏が単調、もしくはその両方が今一歩といった傾向にあった。


「……今の方は、高音がとても綺麗で、のびやかでしたね」


 最初の組である5人が歌い終わる頃には、エミリアも他の候補者の様子を正しく把握し、落ち着いたようだった。

 それどころか、発表の合間にそれぞれの課題に対して一言二言()()()()()を述べる余裕まであるらしい。


 本人と伴奏者の衣装の不釣り合いという目につく()()には、多少残念そうに視線を流しているあたり、気づいているがあえて触れないでいるようだ。

彼女らしい態度ではある。


「あの程度の音程はエミリア様でも歌いこなせるでしょう」

「それは……レイチェル様の教えが良かったので」


 エミリアの苦笑混じりの謙遜に頷く。随分無駄に意気込んでいると思ったが、どうやら、用意した()()が良すぎたらしい。


 入門者に専門書を与えるような所業だったかもしれないな、と今更ながらに思う。

 が、まあ、彼女の場合は基礎が転用できる隣接分野を修めているという前提があったので、大した問題ではない。おそらく。


 エリーゼの分析によれば、選任者達は課題に対する総合的な評価を重視する。一要素だけが突出して優秀でも、次の課題に対応できないと考えられるようだ。


 苦手な要素を捨てて得意な要素に走る……というのは、きちんと実行可能な戦略を練っているとも考えられるが……ただ一人選ばれる巫娘には、ある程度の万能性が求められるという事だろう。


 おおよそ、その傾向は()()や王族に求められるものと一致する。

 シャナクの巫娘の政治的な存在理由に貴族女性のより上流への取り立てや社会的活躍の助力が含まれるのであれば、同様の性質を求めるのも当然の話だ。


 課題内容が歌なので、一つ一つの発表にはそれほど時間は掛からない。

 エミリアがポツポツと述べる感想に耳を傾けていれば、残る5人の発表もあっという間に終わってしまう。


 エミリアの一つ前は、ステファニアが発表を行う。

 第一課題からの候補者の中で、エミリアが課題の出来を争う相手がいるとしたら、おそらくそれはステファニアだ。

 王族・公爵家の令嬢は現2・3年生にはないので、身分もエミリアの次点に付く相手である。


 彼女の衣装は、おそらくエミリアの衣装の方向性と似たものが追求されている。

 華美にならず、露出を控えた作りに、鮮やかな赤と金の糸で繊細な刺繍が施されたドレスだ。


 ただ、伴奏者の装いは違った。

 色鮮やかなステファニアを引き立てるための漆黒の装いは、とことんまで飾り気を削いだ作りになっていて、長衣の裾が翻った時にのみ、ドレスの共布を用いた裏地の色が覗く。目元をレースで覆っており、顔も分かりにくい。

 情報収集の結果では、彼は北方貴族の令息との事だが──。


 10番目の候補の発表が終わり、迎えた二度目の小休止。

待機席から舞台の裾へと向かう彼女は明らかにこちらを……見間違いでないようなら、エミリアを睨んだ。


「エミリア様、そろそろ控え室へ一度向かいましょう」


 盤外戦に付き合う気は無い。エミリアが視線に気付く前に、事前の宣言通りに彼女を控え室へと連れて行ってしまうとしよう。

 順番が目の前に来てじわじわと緊張を思い出しつつあるエミリアは、呼びかけにこくりと頷く。


 それを見て、ラトカとティーラの侍女組みがサッと控え室へと先に身を翻した。舞台に立つ前に、馬車の乗り降りなどで乱れたり崩れたりした装いを直すため、準備に向かったのだ。


 …………その、ほんの、僅かな間。


 会場から一度廊下へ出て、すぐ隣の間──先行した2人との時間の差は、扉一枚が開いて閉じる、たったそれだけの間に。


 扉を隔てた控えの間の内側で、ドッと鈍い音が響いた。


「ティーラ?」


 目を丸くして扉に手を伸ばすエミリアを、私とアスランの腕が制止する。


「エミリア様、お下がりください!レカ、ヴァニタ、お前達は後ろに付け。アスランは先行しろ」

「は!」


 エミリアの手を引いて、控えの間の入り口から遠ざけ、会場へと引き返す。今日の私は丸腰で、護衛はアスランに任せるしかない。


 アスランは音も無く抜剣し、僅かに開けた扉を蹴り押した。


「だめ、アスラン!!」


 途端、ティーラの声が鋭く響く。アスランは弾かれたように後ろへと飛び退くと、部屋の中を睨んだまま、忌々しそうに剣先を僅かに下げた。


「エリザ様、会場へ戻ッ」


「無論、そうはいかない」


 ぬるり、と。扉の影から這い出た腕が、アスランの顔を無遠慮に掴む。


「え──?」


 混乱の声を微かにあげるエミリアの前に私が、さらにその前にレカが瞬時に身を捩じ込ませた。

 心臓が嫌な音を立てて軋んだ気がした。()()()()()()()()()()()


 シィ、と、孤に歪む口の前に指を立て、()()()()()()が悠然とこちらを振り向いた。


「……そんなに乱暴に動いて、大事な衣装が破れても構わないのか?」


 猫撫で声は数年前より、耳奥にこびりついて離れない、あの父親の声に益々似て。


「貴様──」


 口を開くと腐った油のような嫌悪が言葉となって飛び出しそうで、私は奥歯を噛み締めた。


「静かに。私は少し、お喋りがしたいだけだ……リンダール大公女殿下と、小休止の間のほんの僅かな時間のお喋りだ。そのくらい、構わないだろう?」


 そいつが小首を傾げると、長い黒髪がバラバラと肩を滑り落ちて広がる。

 ──嫌悪が腹の底で煮える。あの父親を彷彿とさせるような些細な所作を、この男は敢えてやって見せている。


 ふざけるな、と言おうとして、直前でそれは微かな呻き声へと噛み潰された。メルキオールの後ろから、ティーラの喉元に刃を当てた青年が姿を現したからだ。


 ……その青年は、黒衣に身を包んでいる。

 ()()()()()()()()()()()()()、赤い裏地と、目元を覆う黒いレース飾り。


 そういう事か。

 舌打ちが漏れた。ティーラのあの制止は、こいつの格好が原因だ。


 この青年がステファニアの伴奏者ではない保証が無い。顔が見えず、背格好が似ていて、同じ装いをしているせいで、判別がつかない。それ故に、ティーラ達は抵抗を躊躇ってしまったのだ。


「さあ、控えの間へ。さっさと話を済ませた方が、お互いにとって良いだろう?」

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