32 衣装支度
「うわ〜、エリザ様が白い服着てるの、初めて見たかも〜!」
レカに言われて、改めて自分の装いを見下ろした。
エミリアの衣装に合わせて適当に作ってくれ、とユリアに投げた私の衣装は、なぜか当たり前のように男物のつくりをしている。
演奏会という場を考慮してか、騎士礼装ではない。腿半ばまで丈のある、すとんとしたシンプルな白い長衣だ。
袖とブーツはピタリとしており、前の合わせは左肩から斜めに降りて、右足の前に裾と裾の合間が来るようになっていて、見た目より動きやすい。
淡い紫色で染められた高い詰襟のシャツを中に合わせ、同色の石が付いた銀の髪飾りを、久し振りに高い位置で結った髪に挿す。
うん。
まあ、確かにこれまで着た事の無い色合いではある。
白い布は……高いからな。全身に白い布をたっぷりと使うというのは、私の頭には無い発想である。
「司教様の服に近い形をしてるけど、着せると意外と似合うわよね。考えたことも無い組み合わせだったけど」
「でもこの斜めの襟はアルトラス風じゃないか? 王の槍の礼服、こんなだっただろう。俺は凄く良いと思う」
着付けをしてくれたティーラの声と視線は、感心と悔しさが混ざったような鋭さをしている。左肩から後ろに垂らしたマントのような紫の飾り布を、腕に掛けるかそのままにするか、まだ悩んでいるようで、険しい表情のまま私の周りをぐるぐると回る。
対して、アスランは単純に好ましいと感じたようだった。
「エミリアのドレスにリンダール風の装飾を入れたからな。異国風の雰囲気を合わせるために、ユリア嬢が要素を上手く組み込んでくれたのだろう」
敗戦国の装飾を私の衣装に使うのはまずいと思ったらしく、苦肉の策でシル族の縁を持ち出すことにしたようだ。
リンダールとアルトラスの服飾文化は別物ではあるが、アークシアのそれよりは似た部分がある。
「ともかく、私の支度はこれで終わりだ。エミリア様の方へ移動して彼女の支度を済ませてしまおう」
「お針子さんたち、あの飾り縫い留め終わったかしら」
別室で身支度しているエミリア様の方は、ユリアとラトカに任せきりになっていた。
男物の私の装いとは異なり、ドレスを着るエミリアの方はとにかく時間が掛かる。着付けてからバランスを見て花を模した飾りを一つ一つ縫い留めると聞いて、ほんのりと気が遠くなったものだ。
エミリアの支度は、エントランスから出入りのしやすく広い食堂で行わせている。扉をノックして入室許可を取ると、ユリアがひょこりと顔を出した。
「役得ですわ!!」
「は?」
何だ、いきなり。
「い、いえ。こほん。どうぞ、お入りになって」
咳払いをして誤魔化したユリアは、私の左肩に小さな造花のブーケを手早くピン留めしてから、食堂の中へと招き入れてくれた。
部屋の中央に立たされたエミリアと目が合う。
「あ……カルディアさま、」
まだ裾に装飾を縫い留めている最中の様で、びくりと動いた彼女に足元の針子が「エミリア様、動かれませんよう」と間髪入れずに声を掛けた。
うん。まあ、良い仕上がりだな。
「イメージ通りの仕上がりでしょう?」
「そうですね。流石はユリア嬢、素晴らしい手腕です」
エミリアのドレスは、清廉をテーマにしている。
巫娘選抜はあくまで神事の担い手を選ぶものだ。夜会のような華美な装いは場にそぐわず、かと言って質素すぎてもいけない。纏うのはあくまで、栄誉ある学習院の学生であるからだ。
私の衣装と似て淡い紫と白を基調としているが、彼女の方が紫の比率が多く、また色合いも赤寄りの紫を用いている。
デコルテを出さず、ぐるりと肩周りにレースを一周させる形の斬新な首元は、ユリアが思い付いたものらしい。裾に向かうほど自然に広がる、伏せた花弁のようなスカート部に模様はなく、グラデーション染めされたチュールを重ねてある。
針子がせっせと縫い留めている花飾りは、なんとそのほとんどをチュールを捲った中の生地に付けているようだ。チュールで透けて見えるくらいでちょうど良い、という事らしい。
「思った以上に似合っている」
グラデーション染めは始業セレモニーのドレスにも使ったが、プラナテスの服飾の代表的な様式である。
今回は更に、透けるチュール地を取り入れた。これはアークシアでも西南の地方にはあるらしいが、王都ではリンダールの印象が強い素材だ。
「ですが、その、王都の流行とは随分違うようですが……」
場の責任者として同席させておいたハイデマン夫人は、かなり不安げに私とエミリアの衣装へ交互に視線を向けながらそう言う。
しかしデザイン監修のユリアが聞こえないフリをするので、私は黙って肩を竦めるしかなかった。
最終確認のエリーゼとレイチェルもこれはアリだと認めたものなのだ。チーム内で最も服飾に疎い私が、一体何を言えるだろうか。
「エミリア様は?お気に召しましたか」
デザイン画は見せたものの、他の準備に忙しいエミリアは衣装についてはほとんど関与せずにいた。彼女もまだアークシアのドレスについては詳しくないので、好みなどは考慮しなかったが。
「はい、カルディアさま。とても……ええ、とても素敵です」
蕩けるように目元を緩ませて、エミリアが笑う。
……絵画に残せば名画となりそうな、少女の可憐さの極地にあるような顔だと、反射的に思った。
最近の彼女は、場に合わせて感情的な表情を浮かべられるようになっている。
ドーヴァダイン大公家への輿入れが内定しているならば、それも悪くはない。嫁入りをするならば、純真そうな愛らしさは、身を守る術になるかもしれない。
その内定が取り消しにならないよう、今日は私も出来る限りを尽くさねば。
そう、拳を小さく握りしめる。
──エミリアの今後が少しでも良くなるよう、直接助力が出来るのは、今日が最後になるのだから。




