22 三人の学生淑女
テレジア伯爵のできる限りの協力は大変素早い手配で行われたようだ。
早速次の休日、寮宅に彼の紹介で三人の客人を招くこととなった。
「ご機嫌よう、カルディア伯爵。お会いできて光栄ですわ」
「こちらこそ。本日は御足労頂き感謝いたします」
三人のうち、二人は今年入学の一年生だった。
一人はユリア・テレジア・リーテルガウ侯爵令嬢。
あのリーテルガウ侯爵の三人の孫娘のうち、残る準成人である。侯爵の影響の下、王都の社交界では押すに押されぬ貴族令嬢の頂点の一角としてデビューし、既に話題となっているという。
もう一人は、レイチェル・ザスティン公爵令嬢。
アークシアに五つしかない公爵家の一つ、ザスティン公爵家の娘だ。家柄としてはこの世代の女性社会の堂々たるトップ・レディとなる令嬢であり──前世のゲームで見たことのある顔だった。ゲームの中では、エミリアの三年時の降臨祭で、シャナクの巫娘の座をかけて争う相手だ。
そして最後の一人はシャナクの巫娘の選定に参加したことのある上級貴族院の学生だという。
馬車から降りてきたのは、……ああ、懐かしい顔だ。
「お久しぶりですね、エリザ様」
「はい、本当に──エリーゼ様。学習院に入ってから今日までご挨拶もできず、すみませんでした」
「いいえ私こそ、夏に町屋敷へ遊びに行けないままでしたから。でも、そうね、これ以上は待ちきれなくて、来てしまいました」
エリーゼ・シュルストーク男爵令嬢は成人前と変わらず、純真な少女の如き花開くような笑みを浮かべる。
実に5年ぶりとなる再会だった。
用立てた薬が役に立ったのか、すっかり顔色も良くなり、健康的な魅力を得たエリーゼは、春の日差しのような親しみと優しさを感じさせる女性へと成長を遂げていた。
「もっと気楽に訪ねて貰いたかったのですが……このような形ではなく、その、茶会に招くなど」
「きっと楽しいお茶会なのでしょうね。色々とすごいお話が聞こえていましたから。でも、最初はきっとこれで良かったのです。何年もお伺いできなかったから、少しだけ緊張してしまっていたので……エリザ様のお役に立てる事でお招き頂けたのなら誇らしいわ」
「そうですか?では、そのお言葉に甘えさせて頂くとします。茶会の方は後でお詫びとして必ず招待しますので。本日のところは、私のお預かりしている方の指南役としてよろしくお願い致します」
「はい、頑張りますね。……あら」
頷いたエリーゼにエスコートするべく掌を差し出すと、彼女は目を丸くし、それから面白そうに笑って手を乗せる。
「噂は本当だったのね。エリザ様にこそ、淑女の指南が必要じゃないかしら」
「…………揶揄わないでください」
幼い頃からの知り合いに、振る舞いの事を言われると流石に恥ずかしさが込み上げてくる。
楽しそうにエスコートされるエリーゼを他の二人が待つ応接室へと案内しつつ、まあ、頼むなら彼女だろうなと思った。
今更、女性としての振る舞いを一応教えて貰うなどと。面倒臭さと気恥ずかしさを乗り越えてまでそんな事を教えて貰えそうなのは、何となくだが、エリーゼしか居ない気がする。
ラトカを巻き込んで、少しの間でも三人でそうやって過ごせたら、それは……随分、愉快かもしれない想像だった。
指南役三人揃っての挨拶もそこそこに、改めて今回招いた理由を説明する。
アークシアの宮廷に相応しい作法は順調に学べているエミリアではあるが、次に教養を、その次に学問をと優先順位を定めての詰め込み教育をしているため、女性ならではの所作や知識に欠けが生じている。
シャナクの巫娘の選出にはそういった女性らしさこそが競われるため、そこを補って欲しい、と。
「アークシアの淑女として磨いて欲しいということですわね?まあ、大叔父様からのお話ですし、お祖父様からも頼まれています。よろしくてよ」
「私も構いません。お父様の指示でもありますから」
やはり上級貴族院との意思疎通が取れてはいたようで、ユリア嬢とレイチェル嬢はそれぞれの家の当主から言い含められているらしい。
ここまでの手厚いバックアップがあると、エミリアの将来的な使い道はやはり王室かそれに近いところへの婚姻なのだろうか。
どうも固定した筋道には乗せていない気がするので、まだ見定めている──といったところか。
この二人によって指南を受けてそれでも巫娘に選出されなければ、それはそれということなのだろう。環境は最高水準を整えられているのだから、結果が出なければそれがエミリアの資質という事だ。
「それにしても、驚きましたわね。私たち二人はまあ、家の関わりでそういう事もあるとは思いますけれど……もう一人、男爵家の方がいらっしゃるとは」
ユリア嬢の視線を受けて、大人しくこれまでの会話を伺っていたエリーゼは少しだけ困ったように苦笑した。
「私は……昔の誼でお声掛け頂いたようなものですから。どちらかと言えばカルディア伯爵の御相談役のような事を、分不相応ながらテレジア伯爵より言付かりました」
「大叔父様から?ではなにか、素晴らしい才をお持ちですのね」
くす、とユリア嬢が笑う。あまり悪意はないようだが、身分の高いこの少女の気の強そうな喋り方に、エリーゼが気が引けたように曖昧に微笑む。
少しばかり威圧的なその態度に、しかし協力を乞う立場の私からは何とも言えない。せめてエリーゼとの個人的な付き合いがあるのは私の方だと知らせるべきか。
「……ええ、この上ない適任でしょう。流石はテレジア伯爵ですね。エリーゼ・シュルストークと名乗られたので、少しばかり混乱しましたが……一昨年とその前年の最終巫娘候補の方、でしたね?」
だがそれより先に、レイチェル嬢が静かな声で場を収めた。一つ下の年とは思えないような、思慮深さの滲む声だった。
最終候補、と驚いたようにユリアが小さく呟く。
私もそこまでは知らされていなかったので、似たような気持ちだった。
最終的に巫娘の候補者は二人まで絞られる。巫娘として選ばれた者ほどではないが、最終候補の名誉はそれなりにある。2年連続であれば尚更だ。
シャナクの巫娘候補となった名誉を得て上級学習院に入った、とは簡単に聞いてはいたのだが……。
「でも確か、その時はローウェンと家名を名乗っていらっしゃらなかったかしら」
「ええ、よくご存知ですね。私は上級学習院へと上がるまでは母方のローウェン家の養子に入っておりましたので、そのように名乗っておりました」
「失礼、エリーゼ・ローウェン博士?」
黙ってレイチェル嬢の話を聞いていたユリア嬢が割り込んだ。
「はい?」
「その、指定医薬品のご研究をされてらっしゃるローウェン博士ではありませんこと?」
「……ええ、そうですね。古い資料だとそちらの名前かもしれません」
こくり、と何でもないことのように頷いたエリーゼに、今度こそ衝撃を受けたユリア嬢は口を閉じる。レイチェルも同様だったのか、目を丸く見開いて「まあ」と驚いていた。
私はと言えば、もはや言葉もない。幼なじみが知らないうちに、そんなに有名人になっていたとは……。
とはいえ、エリーゼ・ローウェンの名は聞いた事がある。最も早く上級学習院で指定医薬品を研究しはじめた博士の名だ。珍しい女性博士の名だったので、いつだか貴族院の情報誌に載っていたのを覚えていた。
「……では、指定医薬品のご関係でカルディア伯爵とも以前から面識が?」
レイチェル嬢の指摘に、エリーゼがちらりとこちらを見た。どうしようかという表情の奥に少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女は、私が小さく頷いたのを見ると、レイチェル嬢へと首を横に振って返す。
「いいえ、それ以前からです。領地のお付き合いのご好意で、療養の為にカルディア領に何年か滞在させていただいて。当時の私は森林病を患っていたのです」
令嬢二人は、何故か「幼馴染み……!?」と驚いた顔で私を見た。何故。
「その後、進学する私のためにカルディア伯爵が最初の指定医薬品──レンビアの蜜蝋の利用を制度化して下さったので、その御恩に報いるべく研究の道に進んだ形ですね」
「「まあ……!?」」
令嬢二人が、何故か衝撃的な事を聞いたとでもいうようにぱっと扇で口許を隠す。そして、再び私を見た。何故。
「……まあ、そうですね」
何をそんなに驚かれているのか分からず、私がした事といえば、とりあえず頷いてエリーゼの話を肯定するだけだった。




