19 血縁問題
寮宅に戻り、まずは何羽か鳩を飛ばした。
ハイデマン夫人から留守中に行われたエミリアのマナーレッスンの報告を受け、教育計画の修正案をリーデルガウ侯爵宛に認めてから、人払いをしてラトカを呼び寄せる。
オスカー達が持ってきたマレシャン夫人からの課題に躍起になって取り組んでいたラトカは、疲れた顔に不思議そうな表情を浮かべて「なに?」と執務室に頭を突っ込んだ。
一瞬、言葉に詰まる。
何と切り出すべきか、と今更ながら迷った。
私にとっては自分の血脈の忌まわしさなどとうに馴れたものだが、ラトカにとってはそうではない事に、間抜けなことに今気付いたのだ。
「あー……その、落ち着いて聞いてくれないか。お前の父親と思しき者の話なんだが……」
結局、そこそこ深刻そうな声が出る。
「……は?………………、……………………え、はあ?」
眠たげな猫が寝惚けて高いところから落ちたような顔になった。
ラトカとの血縁の有無は、オスカーに秘密裏に任せて調べて貰っていた事の一つだった。
メルキオールほどはっきりと似ているとは言い難いものの、替玉として使える程に似通った容姿。細かな色味は違えど類似性のある髪や瞳の色──黒髪はともかく、赤い瞳はそれなりに珍しい。
「オウウェ・カルディア──私の父は、自分の血脈に対して……とりわけ、己に似た容姿を持つ子供に対して、異常な執着心を抱いていた。お前の存在を知っていたのであれば放置するとは到底考えられず、また己の子を孕んだ可能性のある女をそのまま手放すような男でもない。という理由から、お前を手許に置く事にした時点では血縁の線は薄いと思っていた」
ラトカは気分が悪そうに頷いた。
当然の反応だろう。当初あれだけ憎んでいた、幼少期の苦しみを作り出した存在である前領主が自分の祖父である可能性が高い、などと聞かされては。
取り乱してもおかしくはなかった。まあ、取り乱すとは思っていなかったから、話を始める直前まで何も考えずに話をしようとしていたのだが……。
…………もののついでに私の出生についてを話した事も悪かったかもしれない。
未成熟な年齢の頃に産ませた娘を社会に存在しない者として監禁の末に近親相姦、そうして産まれた娘にエリザと名をつけ、物心もつかぬ年齢から自分の狂った享楽を教え込もうとしていた、などと。まあ、どこをとっても普通に気味の悪い話だ。
「幼少期はあまり顔立ちが似ているとも思わなかったしな。年を経るにつれて似ていったのは……まあ、お前の性別が男だからだろう」
「それは自分の見た目と矛盾する話だと思わないのか?」
やはり意外と平気だったようで、元気に生意気な口を挟んでくる。
「だがメルキオールの存在を知ってからは流石に捨て置いて良い可能性だとは思えなくなった。そこで、お前の母親が何処に『労役』に出されていたのか、オスカーに調べて貰ったんだ……」
「おい、聞き流すなよ」
「聞き込みが主な調査方法だったので、領民の負担を軽くするべく時間が掛かってしまったが……」
深刻そうな調子を保って話を続けると、だんだん目の前の紅茶色の目がじっとりと据わったものへ変わっていく。
……大丈夫、そうか。
揺れなくなったものだな、互いに。
「──メルキオールが、お前をどう認識するかは判らない。そもそも望んだ子供であるかさえ不明だ。だが、これから先、相対する場面があるかもしれない」
「ああ。分かってるよ」
ラトカは軽い調子で頷いた。
あまりにもあっさりと頷くので、本当に分かっているのか?と眉間に皺を寄せるより先に、彼は至極真面目な顔で──ただ、一欠片の感情も滲ませず──言葉を続ける。
「今のところお前の敵なんだろ。だとしたら、そいつは俺の敵だろ。それでいい」
当然の事を確かめるように、言い聞かせるような台詞だった。
「そうか」
ではこれで、話は終わりだ。
そう言おうとして、ふとまだ済んでいない話がある事に気がついた。
「そういえば、つまりお前は私の甥にして従兄であろうとほぼ確定したのだが──お前、カルディアを名乗るか?」
「は?」
「なんだ、想定していなかったのか。たった今、私はお前を領内で見つかった当家の庶子筋であるとして認知したつもりだったのだが」
ぽかん、と口を半開きにして固まったラトカは、数秒の間黙り込んだ。
そうして何度か目を瞬かせると、それって、とか細い声を喉の奥で震わせる。
「……もしそうなったら……俺は…………」
どうやら自分がオウウェの血を引いていたという話よりもよっぽど衝撃的だったらしい。
唇が開いて、閉じて、戦慄くのが見えた。
「俺は…………形式上、お前の……養子になるってことだよな……?」
「ああ、そうなるな。年齢は少し誤魔化すとして、私の甥として養子に取る形になる」
「…………絶!対!に!!御免だーーーーッ!!!」
がおう、と吠えたラトカに、少しだけ笑う。
こういう所はまだ子供じみたままだな、お互いに。
「……オスカー。庶子の養子縁組用に整えた書類は、あと一年はそのまま残しておいてくれ」
「はい」
課題に戻っていったラトカの背を扉の向こうに見送り、それと入れ違いに入室したオスカーに、私は短く指示を出す。
必要になるかもしれない。ならないかもしれない。まあ、どちらでも構わない。
替玉がいなくなるのは少し不便だが、それだけだ。




