17 噂話を知る
軈て、それほど多くはない今日の臨席者が全員ホールへと集まると、隣の併設ホールでの会食が始められる。
予め割り振られている席は、エインシュバルク家の方々とは離れ、テレジア家の面々の末席のあたりとなった。
まあ、貴氏として猶父の氏名を貰いはしたが、公式には私の後見はテレジア伯爵だ。養子の件を公にしない限り、成人を迎えるまでは私の立場はテレジア家の庇護下に置かれ続ける。
逆に言えば、あの子との養子縁組はそれほど公的な影響が強いという事だ。暗殺の危険性も鑑みて、公にする時期は慎重に選ばねばならない。
……あの子の事とエミリアの事、二つも気を回さねばならない大事があるというのに、そこに更に血の繋がった兄、それも他国の工作員とつるむ様な厄介者の登場とは。
久々に頭が重い。これ以上の面倒事は起こらないでくれと本気で神に願ってしまう。
「……あら、カルディア伯爵。こちらの席でしたのね!」
溜息を堪えて席に座った途端、向かいから声を掛けられた。
視線を上げて相手を確認すると、この場には非常に珍しい、ドレスに身を包んだ淑女が私に向かって上品に微笑んでいる。
……見覚えがあるな。声にも聞き覚えがある。爵位ある女性で言葉を交わしたことがあるのは、確か──
「ベーレンドルフ女子爵?」
「覚えていらしたのね、嬉しいわ。まだほんの小さい頃にお会いしただけですのに」
あれは初めて王都へ来た時か。テレジア伯爵に連れられて、彼の個人的な社交の場で、この女子爵と顔を合わせたのだ。確か、何かで男性陣が遊びに行ってしまい、残された私達で茶を飲んで退屈を紛らわした……ような。
当時はお喋り好きな十九歳の少女であった彼女は、今やすっかりと大人の女性になっていた。くるくると目まぐるしく変わる表情と声色は年相応に落ち着いたようで、彼女は淑やかに笑みを深め、懐かしそうに私へと目を細める。
「お久しぶりです。まさかこちらでお会い出来るとは──」
彼女は領主貴族だが、今まで貴族院へと顔を出したことは無い。夫を無くした未亡人として襲爵したため、領主としての采配に不安があると領地の管理を家令に任せ、貴族院への出席も別の貴族に代理を頼んでいた筈だ。
「ふふ、実は私、昨年再度の婚姻を結びましたの」
ベーレンドルフ子爵は隣に座る男性へと視線を向けた。年頃は同じくらいだろうか。ここに座るという事は、テレジア家の人間だろう。
男性は子爵に扇でつつかれ、こちらに目を向ける。怯えるような視線は一瞬で、軽い会釈をした彼はそのまま俯いた。話をする気はないらしい。
「ちょっと、ベイン……」
流石にベーレンドルフ子爵は夫の態度を諌めたが、私としては別にどうでもいい。怯える人間をあえて更に脅かす必要も無いだろう。
「構いませんよ、ベーレンドルフ子爵。それより、ご結婚おめでとうございます」
「……ご寛大な御心に感謝致しますわ、カルディア伯爵」
子爵はホッと胸を撫で下ろし、夫に構う気を無くしたようだった。身体の向きを私の方へと戻すと、話題の糸口を探すかのように視線を小さく彷徨わせる。
「お噂は存じておりましたけれど、本当にお美しく成長されましたのねえ……」
そうして、何故かしみじみと言い渡された謎の褒め言葉に、私は思わず「は?」と間抜けな声を上げた。美しく、とは今まで聞かされた事の無い世辞である。
それとも寧ろ、準成人を迎えて尚女性的な美しさが一切身に付いていない私への嫌味なのだろうか?
「あら、ご存知ありませんの?カルディア伯爵はその際立った美貌と危うい魔性の魅力で学習院中の女生徒の心を奪ってしまう、物語から飛び出した吸血鬼なのだ、とまことしやかにあちこちで囁かれておりますのよ」
「……は?」
なんだそれは。いや、なんだそれは!?
まったく話が理解ができない……というか、したくないのだろう、頭が受け入れを拒否するかのように鈍る。
戦場では敵からも味方からも吸血鬼だと罵られた覚えはあるが、それは私が血肉を啜るために敵を屠る化物だと揶揄したものだ。決して女性を誑かして生き血を啜る……のような意味合いは無かった筈である。無かった、筈だ……!
「あらあら、ご自覚がありませんの?鈍いお方ねえ……武人の気質が強過ぎるのかしら」
ベーレンドルフ子爵は呆れたように苦笑する。
「……誰か、別の方の噂と取り違えているのでは」
「残念でしょうけど、間違いなく貴女の噂ですわよ」
…………。
……………………。
いやいやいや。どうしてそうなった!?本当に!!




