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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一章

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14 悪役とヒロイン

 講義は恙無く終わり──といっても、今日は年間の講義の計画や、講義内容の概要説明だけだったが──ゼファーやジークと別れ、エミリアとの待ち合わせ場所に向かう。


 二学年目から使われる専門講堂の並ぶエリアは左翼棟と呼ばれており、一学年目に主に使っていた右翼棟とは大食堂と図書室、中央大講義室と大広間を挟んだ反対側に位置する。

 左右の外観を対象に作ってあるため、基本的には右翼棟とは似たような作りだ。だが少々の配置の差異のためにむしろ戸惑う事になり、遠回りの道を選んでしまったりして、エミリアの待つラウンジまで辿り着くまで少々時間が掛かった。


 廊下に面しひらけた空間になっているラウンジは、人目はあるがあまり利用されないという話の筈だったが、着いてみるとエミリア以外にも数人の女学生が居た。

 思わず足を止め、壁の影に隠れる。……カウチに座るエミリアを囲むように令嬢達が立っているように見えたからだ。

 ちらほらと廊下を通っていく学生達も、遠目にそれを眺めながら過ぎ去っていく。


「おい、どうしたんだよ?」

「シッ、静かに」


 戸惑うラトカとレカに端的な指示とジェスチャーで口を閉じるように伝え、壁から様子を伺う。


 あの令嬢達は私とは別クラス所属のようで、見覚えはない。だが、そうなると尚更私と同じクラスに属するエミリアを囲んで、楽しくお喋りをしているなどと楽天的な考えは出来そうに無い。

 ラウンジの隅にもどかしそうな、心配そうな表情を浮かべて立っているアスランとティーラを見る限り、その印象は間違ってはいないらしい。


 今のところ、大きな諍いにはなっていないように思えた。

 新顔の学生を気に掛けて話し掛けている、と言われればそれまでという程、交わされる会話は廊下には内容が届かないほど静かで、一見穏やかなものだ。


 だが、私の矢鱈に性能の良い地獄耳はその会話の一部を拾った。


「…………だから、勘違いは……でと言って…………。あの……が貴女とダンスを…………その立場のため……、貴女のためでは………………」

「そうよ。あなた…………敵国の大公女……………………ずうずうしい…………」

「きっと…………煩わしいと…………」


 ………………。

 …………………………。

 ……これは、もしや。 

 『王太子様がダンスパートナーを務めたからといって、勘違いしないで!』という……、会話、というか、釘差しなのだろうか。

 まさか、とは思う、が……。


 つまり、この現状は、ヒロインであるエミリアに悪役令嬢のイベントが起こっている……のか?


 だが、悪役令嬢は。

 ──エリザ・カルディア、私の筈だ。


 エミリアを利用し、王太子達に取り入り、或いは付け込んで。親子共々王都での権力を掴み、私欲のままに暴利を貪り暴虐の限りを尽くす……それがあの乙女ゲームにおける『悪役令嬢』の筈だ。


 ──いや。この世界はゲームではない。人の社会はシナリオではなく、人の思惑や信念、感情によって動く。

 エミリアは元敵国の大公女だ。王太子の傍でかなりの自由にさせている現状では当然、反感を持つ貴族が出る事は予想の上だった。

 衝動的に浮かんだ考えを、そう理性が否定する。

 もう何年も前から分かっていることなのに、今年はあのゲームの舞台となった時期だからか、それとも身近に置かれる事になったエミリアのせいなのか、何かあるとゲームのシナリオの事を考えてしまう。


 ゲームのシナリオ上で何が起こったかを思い出し、利用するのならばいい。その為に現実とシナリオの差異を時折確認するのもいいだろう。

 だが、それに今更になって振り回されるのはやめるべきだ。

 これまでの自分の選択が、シナリオからの解離の大きな要因になっている事は分かっているのだから。


「エリザ様、どうするの? 助けなくていいの?」


 小声でレカが促すのに、私は一瞬迷った。

 確かに今あの場に割って入り、令嬢達を散らす事は容易いが……。


 迷った末に、令嬢達の視界を避け、エミリアだけが気付くよう、そっと進み出る。

 そのまま廊下の壁際に立ち、事態の静観を決め込んだ。


 昨晩の王太子の言葉も、エミリアの公的にこのアークシアへやって来たリンダール大公女という立場も理解出来ずに彼女を囲むような令嬢など、教育程度の伺える家柄の者達だ。

 本来ならばエミリアに話しかける事すら烏滸がましいような身分の彼女達に囲まれた程度で、私が手を貸す必要は無い。

 寧ろこの場は対外的にエミリアを冷遇していると見せ掛けるのに利用できそうだ。


 あえて突き放す気もないが、必要以上に甘やかす気は無いのだ。

 お手並み拝見、といこう。


 エミリアはすぐにこちらに気が付いた。話している令嬢へと向けられていた視線が私に向き、動揺しそうになるのを慌てて扇で隠す。

 彼女は人の機微や思惑にそう疎いわけではない。とりわけ人の悪意を覚りやすく、それ故に臆病で緊張しやすい──のではないか、とラトカは言っていた。どちらかと言えばお前に似てるタイプかも、とも。

 今のところのエミリアはどうにも私に対して戸惑うばかりなので、正直どうだが、と思っていたのだが……


 扇で誤魔化されたエミリアの視線が、じっ、とほんの僅かな間だけ私を見詰める。

 ……ああ、この目には覚えがあるな。

 相手の思惑を見透かそうとする目だ。


 私はただ、僅かに目を細めてそれに返す。

 早く済ませろ、と。


 結果として、ラトカの分析は私よりは正しいものだったらしい。

 私の考えは多少なりと通じたらしく、エミリアはまたも動揺した。

 淡い薔薇色の瞳が忙しなく彷徨う。表面的には上手く取り繕えているので、これは及第点だろうか。


 だが、エミリアは別に、肝が座っていないわけではない。

 でなければあれだけ王子とのダンスで視線の集まった大広間で、そう間を置く事なく二曲目を踊るなど到底不可能だ。


 彼女は諦めたように、或いは何かを呑み下すように、フッと瞼を伏せる。


 そして──ただ、ゆっくりと、優雅な所作で左手を持ち上げた。

 私に向かって、差し出すように。


 思わず笑いそうになった。

 その仕草の意味は、『エスコートをしなさい』である。


 私が教えたものだった。

 その辺の令嬢がやれば高慢ちきな印象を受けるそれは、正式な社交の場では最も高貴な身分の女性にしか許されない。

 勿論、この場で最も高貴な身分であるのは間違いなくエミリアである。

 ここまで思い切るとまでは予想してなかったが、測ろうとした私への意趣返しというのならば、あまりに小気味よい一手だった。


 令嬢達は中途半端に上げられたエミリアの手に怪訝な表情を浮かべ、その手の向けられた方へ……つまり私へと向き、ぎょっと顔を強張らせる。

 私はあえて彼女達には目もくれず、リンダール大公女殿下の仰せの通りに進み出て、詫びの意を込めて恭しくその手を取った。


「なっ……」


 馬鹿にされた、と思ったのか、エミリアの最も近くにいた令嬢がカッと激昂する。

 戦慄いた唇が感情的な罵倒のために開かれる、その直前に。


「ごきげんよう、皆様」


 つとめて平静な声でエミリアがそう言った事で、怯んだように動きが止まる。


 ──ああ、そういえば、確かにエミリア(ヒロイン)はこんな娘だったかもしれない。

 どちらかと言えば臆病な質で、緊張しがちで、引っ込み思案で、大公女という身分に自意識が釣り合わず、自信のあまりない少女。

 けれど、必要な時には腹を括る事ができる。そしてそうなったら、すっぱりと思い切りがいい。

 そんなヒロイン(主人公)だった。


 ──私と似ている、なんて。とんだ間違いだぞ、ラトカ。

 私には彼女のような、秘めた高潔さなど無い。

 あるのはただの──保身と、罪悪感と、そしてただの、残虐性と冷酷さに過ぎぬものなのだから。

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