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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一章

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12 フラグは結局どうなったのか

「分かった。お前が男だったらぶん殴られてるくらいの朴念仁だって事はよ〜〜〜〜く分かった」


 腕組みをし、仁王立ちで私を見下ろすラトカのその気迫に、思わず少し慄いてしまったのは仕方が無いことだと思いたい。

 何しろ、その少女のような顔にはにっこりとした笑顔が浮かんでいるのに、どう見ても、明らかに、ラトカは怒っているのである。


 エミリアとの出会いから、ラトカの居ない場で起こった彼女とのやり取りを洗いざらいに聞き出され、げんなりとする暇もなくこれだ。


「……何かお前が怒るような事があったか?」


 今の話はエミリアの扱い方についてのもので、エミリアと何の関係も無く、ましてその場に居なかったラトカの怒りは全く理由が分からない。


「ある。お前、女心分かってなさすぎ!」


「私は女なのだが……」


「やかましい!お前は女性かもしれないが、今のところ女ではない!」


 言い切られてしまった。

 えー、なんだ、それは……心の性別の話か?私の性自認は間違いなく女だと思うが。

 困惑する私を見て、ラトカは怒りのようなものを引っ込めると、呆れ返って溜息を吐く。


「……真面目な話だ。お前、そろそろ自分に向けられる感情を捻じくれた受け止め方するのやめろ」


 彼の声がぐっと真剣味を帯びたので、私は手を上げてそれを遮った。


「茶の用意をしてテーブルに着け。『もう一人のエリザ』であるお前の忠告として話を聞こう」


 ラトカはホッとしたように頷いた。それから、はにかむようにぎこちない笑顔を浮かべると、ポンと私の頭を軽く叩く。

 彼からそんなスキンシップをされるとは。

 ……人に頭を撫でられるのは、シル族の天幕に家出した頃以来だろうか?あの頃は幼い子供で固まっていたせいか、頻繁に撫でたり撫でられたりしていた。


 ラトカは茶の用意をしに台所へ降りていく。二人しか居ないのに座って待つのもどうかと思い、私もそれを手伝う事にした。

 日暮れを過ぎた夜だが、この新しい寮宅の照明は希少な筈の灯蛾の鱗粉を固めた発光石が惜しげも無く使われていて、部屋の入り口脇に吊り下げられた紐を引くと、半刻程の間一斉に明かりが灯るようになっている。

 通常はその明かりのある間に燭台に火を灯すのだろうが、私とラトカはさっさと種火を竈に移して火を起こすと、湯を沸かして茶を淹れ、ついでに保存庫にあった白パンを数個くすねて、さらに勝手に薄切りの燻製肉を焼いて野菜と共にパンに挟んだ。即席のロールサンドである。

 コックに使用した食材と後片付けを頼むメモをサイン入りで残し、部屋に戻る。


「──考えられないな」


 テーブルに戦利品を並べながら、ラトカが呟いた。


「何がだ?」


「何もかもだよ。お前が出会った頃、こんなの想像すら無理だった」


 可笑しそうに笑う彼に、私はどう反応するべきか困った。

 先程の頭をポンとやられたやつを思い出すと、確かに想像がつかない程親密な関係にはなったと思うし、勿論あの頃のカルディア領では夜食の調達も白パンのロールサンドも望めるものではなかったものだ。

 それを見てラトカは表情を弛めると、向かいの席に着いた。


「……お前ってさあ。なんていうか、堅物なわけじゃないんだけどさ。自分はこうだ、っていう、強い思いがあるだろ」


 確認でもなく確信を持った切り出しだった。私は無言を返し、続きを促す。


「『もう一人のエリザ』である俺が感じた事をそのまま言うけど、お前、自分で思っているほど悪く思われてない。そこのところ、分かってるか?」


 これにも無言を貫いた。

 悪く思われていない──?


「昔がどうであれ、お前は間違える事なく最速で俺達カルディアの民の生活を取り戻してくれた。勿論、お前一人がやった事じゃ無いとは分かってる。でも、お前がやるべき事をやってたって、皆知ってる。……俺が理解出来たんだから、他の人が解らないはず無いだろ?」


 肩を竦め、ラトカは少し戯けてそう言った。

 ……まあ、確かに領内で私に向かって石を投げたのは目の前の彼だけだ。実際には反抗する気力も体力も領民には残されていなかっただけのだが、ラトカが当時領内きっての反領主勢力過激派であったのは事実である。


「勿論、領民達が私を許し、認めてくれている事は分かっている──」


「ちっがう!!」


 重く頷いた私に対し、テーブルを叩いてラトカは吠えた。


「もう一歩先!!領民はお前の事もう慕ってるんだよ!!」


「──」


「間違いは無いからな!」


 まだ何も言ってない。が、開き掛けた口は一応閉じる。


「お前って、状況とか、物事の推察からしか人の気持ちを考えないだろ?はっきり言うとそれ、悪い癖だぞ。そろそろちゃんと一人一人相手の目とか表情とかちゃんと見て、相手が考えてる事素直に受け入れろ。じゃないと、慕ってる心を無視される領民が可哀想だ。信じろよ、お前の民だろ」


 ……。

 …………、何も、言い返せなくなった。

 信じろよ、と言われてしまっては、言い返そうかと思っていた言葉も霧散する。


「……分かった」


 のろのろと、だがしっかりと頷いて返すと、ぎゅっと口を引き結んでラトカも頷く。それからふと困惑したような顔になり、小首を傾げた。


「…………あー、話がズレてるな、盛大に」


 気恥ずかしげにそう頭を掻くラトカに、やっぱりな、と少し呆れた。今の話は大事ではあったが、そもそもはエミリアとのぎくしゃくとした関係性についての話をする予定だった筈だ。


「いや、関係ない訳じゃないんだぞ……」


 もごもごと言ったラトカに一旦ロールサンドを食わせ、話を仕切り直す。


「つまり、えっと、そう。エミリア様についてもそうだ。お前は周囲の状況とか、考えに合わせてエミリア様にああいう接し方をしてるんだろうけど……」


「本人の気持ちも汲んで、もう少しまともな関係性を作れと言いたいんだろう?」


 言い澱んだ言葉を引き取ると、ラトカは苦虫を噛み潰したような顔で私を見た。

 本当にくるくると表情が変わる奴だな。見ていて忙しい程だ。


「……国内感情の緩和のために酷遇してるように見せかける必要があるっていうのは分かってるけど、別にそこまで意識する必要は無いと思うんだよな。お前、普通にしてても無愛想だから」


「普通にしてても無愛想」


「だから人目のある所では普通にしてるくらいで、エミリア様への態度は寧ろもう少し真摯になってやるべきだと思うんだよ」


「真摯」


 ……何だかこんな会話を聞いた覚えがある気がする。そう、男子学生がどうすれば女性に良い印象を与えられるかと講義室の隅で真剣に議論していたような……


「だってさ、あの子、お前しか頼れないだろ?でもそれって、頼れると思って頼るんじゃなくて、それしかないから頼るわけだ」


 ああ、成程。

 ラトカはエミリアに、過去の自分を重ねているのか。

 それまでの全ての環境を取り上げられ、初めて踏み入れる社会と人間関係の中、心情的に頼れる相手が居ないというのは確かに苦しい。


「分かった。彼女の精神的な不安を考えて、信頼を得られる方向に切り替える」


 ……理解はしたが、さて。

 王の命である、と既に伝えてしまっている以上、義務として接していると思われている現状をどう変えればいいのか。

 考えていることが伝わったのか、ラトカもうーん……と唸り、そして何やら思いついたらしくポンと手を打った。


「ああ、そうだ。とりあえずさ、何かエミリア様が上手くできたら、頭撫でて褒めろよ」


「は?」


「いや、だってさ。アスラン達とも話してたんだけど、あの子ちゃんと『子供』やってきてないぞ、多分」


 一国の大公女の頭を、撫でる?

 耳を疑った私に、ラトカは「人前でやるんじゃないし、大丈夫だろ」と軽々しく言う。

 いや……本当に大丈夫なのかそれは?

 迷っていると、信頼を得るんだろ、と今度は叱咤される。

 いやでも、しかし……




 そんな訳で、今朝から既に何度か頭を撫でるのをラトカに無言で促されては迷い、睨まれるという事を繰り返しているのである。


 本当にやるのか?と動揺すると、ラトカの視線の重圧は更に増した。確かに、ダンスの出来を褒めながら撫でるなら、自然な流れなのかもしれないが。


 焦る。


 何故か、それをすると何か取り返しのつかない事態になる気がする。ただの勘でしかないが──いや、まて。


 フラグ。


 そんな言葉が頭に突然浮かび上がった。

 何だったか……。恐らく、乙女ゲームに関する記憶だと思う。

 だとすると避けておいた方が良さそうだ。


 だが、現状を改善するには他の手を打たねばならない。


 会話が不自然に途切れないよう、すぐにでもエミリアに返事をしなければならない状況で、物凄い勢いで頭が回転しているような気がした。

 そうして、弾き出した行動はというと。


「そうですね──エミリア様、ダンスを申し込んでもよろしいですか?」


「えっ?」


「次のダンスを、私と。──練習通りに上手く出来ていたと、そうすれば一番分かりやすいでしょうから」


 誤解を与えず安心させるように、出来るだけ表情を柔らかくしながら、そう切り出した。


 準成人を迎えて以降、夜会には騎士礼装でしか参加しておらず、わざわざ公の場で男役のダンスを踊るのもという考えがあって、実は私はこれまで一度も夜会でダンスに応じた事は無い。

 そしてレッスンを始める前に、練習パートナーを務めるものの不足としてデビューダンスがまだ済んでいないとエミリアには伝えてあった。

 これで頭を撫でずとも、王の命による義務以外で動く意思がある事をエミリアに伝えられればいいが。


 さて、気になる相手の反応はというと。

 エミリアはポカンと私を見つめ、それから、みるみる真っ赤になっていった。

 ええと……喜んでいるのか分かりにくいな……。ラトカは納得してくれるだろうか。


「わ、私で良ければ……!」


 エミリアの上擦った声に、早々に感情を抑えた振る舞いを叩き込まなければならない事だけは悟ることが出来た。

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