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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一章

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08 始業セレモニー・上

「エミリア様、御手を」


 馬車を先に降り、エスコートのために手を差し出すと、ホール前の庭園で園遊会を満喫していた周囲からの視線が一気に増えた気配がした。アスランがさり気なく私の背後を守る位置に移動する。

 そうして馬車から出て来たエミリアに、更なる視線とざわめきが追加された。

 それに気付いてビクッと身体を強張らせた彼女を、小声で「お気になさらず」と宥める。


 在学生の始業セレモニーは、新入生の入学セレモニーが行われるホールとは学舎を挟んで反対側の、学内で最も広く歴史あるシュテルト・ホールで行われる。

 一年のうち、この日だけは上級学習院の生徒も含めて一同に会す事になっており、ホール内は見知らぬ顔で埋め尽くされていた。最初の一年は徹底的に上級生と講義などで使用する施設が区別されている事もあり、この日が本当の学習院でのデビュタントだという話もあるようだ。


 政治は勿論、外交になど殆ど関わる機会のない学生達には、まだエミリアの顔はそれほど知られていないようだった。

 こちらに遠巻きに視線を寄越しつつ、ひそひそと交わされる会話に耳を傾けると、あれは誰なのか、とか、私の短くなった髪の話とか、そもそも「アレが悪名高きカルディアの……」のような声が聞こえてくる。

 とはいえ、全く知られていないという保証も無ければ、エミリアに危害を加えようと考える人間の存在も否定出来ないので、素知らぬ振りをしつつも気を払っておく事はやめない。


 おずおずと私の隣に立ったエミリアは、周囲をのろのろと見渡すと、ほんの少しだけ詰めていた息を吐いた。


「エミリア様、庭園をご覧になりますか。このシュテルト・ホールの庭園は国内有数の規模ですが、学生のうちか教員でなければ見られる事の無いものです」


 大公家の離宮と、そこから王城へ繋がる道にはそれほど大規模な庭園は無かった筈だ。エミリアがこれほど大規模な庭園を見るのは、おそらく人生で初めてだろう。

 緊張と怯えが過ぎて失態を演じられる方が面倒だ。少しばかり息抜きをさせるべきだろうと思ってそう声を掛けると、エミリアは少しだけ怯んだ。


「あ、その……」


「行きましょう。まだ時間に余裕はありますから」


 恐らく視線を寄越す者達に近づくのが嫌なのだろう。

 だが彼女には、これからは常に視線が付き纏う。

 慣れさせるべきだ、と判断して、答えは聞かずに手を引いた。




 庭園を回る間、突き刺さる視線とひそやかなざわめきは増える一方だった。

 程よくエミリアにそれを意識させつつ、しかし気にしすぎる事の無いように注意深く話題を振りながら、ゆっくりと庭園を一回りする。


 少しずつ肩から力の抜けていくエミリアは、興味深く庭園の花々を眺めていたが、ふと途中で足を止めた。


「綺麗……」


 彼女が魅入ったのは、日の光を反射して赤にも青にも輝る、美しい紫色の花が咲き乱れる花壇だった。


「ああ……紫涙花ですね。王国西部のウガリア地方から持ち込まれたものです。あの特異な色合いは、花弁の表面にある目に見えぬほど細かな凹凸によるとか」


 遊色効果を持つ花など私もこれしか知らない。あまりのその珍しさに覚えていた事を話すと、エミリアはますますうっとりと花を見つめる。


「……気に入りましたか?」


「はい、とても」


 何となく尋ねてしまったが、思いがけずエミリアから返ってきたのは、ぽろりと零れてしまったかのような、無邪気で素直な声。

 答えた事自体、彼女自身気付いていなさそうだった。


 ……そんなに気に入ったのなら、殺風景な寮宅の庭にも取り寄せさせてみようか。

 来て数日しか経っていないので仕方が無い事ではあるが、エミリアは常に緊張し続けているようだった。

 生活の場となる寮宅ですらリラックス出来なくては、精神的に不健康過ぎる。早めに慣れて貰う工夫はした方がいいだろう。

 そんな風に、寮宅に雇ってある執事に申し付ける文言を考えながら、エミリアの好きなようにさせて暫く。


「あっ、見つけた」


 そろそろホールへ促すか、と思った丁度その時、背後から声が聞こえた。

 振り返ると片手をひらりと振ってエリックが快活そうな笑顔を浮かべている。

 冬の間何度か遣り取りした手紙によると休み中も王軍の兵の慰労に精力的な活動を続けていたようだ。その影響か、最後に見たときより少しばかり堂々とした佇まいが身について見えた。


「ドーヴァダイン男爵。お変わり無きようで何よりです」


「お陰様でな。お前の方は少し変わりがあったみたいだけど。……エミリア姫に挨拶させて貰っても?」


「ええ、勿論です」


 礼儀正しく私に確認を取り、エリックはエミリアにかなり形式ばった挨拶をした。

 エスコートされている女性には、エスコート役を通さずに声を掛けてはならないマナーがあるのだ。


 半歩ほど身を引いてそれを眺めながら、周囲の様子を確認する。

 私の連れている、誰だか分からない少女が既に大公家の人間と面識があると知って、少しだけざわめきが強まっていた。


 ……そろそろ、十分にエミリアへ注目を集められただろうか。

 彼女の身分と立場は、周知されているべきものだ。エミリアの名が広まる前に注目度を高めておいたほうが、この後の予定の為には都合が良い。


「エミリア様、ドーヴァダイン男爵。頃合いでしょうし、ホールへ向かいましょうか」


 二人の挨拶が一段落するのを見計らって声を掛けると、エリックは軽く頷いて先に歩き出した。大公家の威光が加わってますます学生達が距離を取る。

 私の地獄耳にすら彼らの囁きが不明瞭になるほどだ。紫涙草のおかげでいい具合に緊張の解れたエミリアに、不要な声を聞かせずに済むのはありがたい。


 ……もしかすると、エリックは私の慣れないエスコートを支えに来てくれたのだろうか?

 そういえば、ゲームの中では彼は今年から学習院の生徒自治会の会長を務める事になっていた筈だ。

 昨年のエリックの様子からはその情報が全く信じられなかったが、この調子だと本当にそうなるのかもしれない。

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