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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一章

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07 春休みの最後

 それから十日間、カルディア領から無事に馬車が到着するまで、私は束の間の平和を謳歌した。


 何しろ、やる事が無い。今いる寮宅から新しい寮宅へ少しずつ荷物を移し替えたり、掃除を行うくらいしかやる事が無いのだ。しかも、それに関しても私の仕事といえば使用人にあれしろこれしろと命じる程度。指図すべき事の多い荷物もそれほど置いていなかったお陰で、十日を経ずに全て移し替え終えてしまった。

 ならば掃除を手伝うかと思えば、ハイデマン夫人に鬼のような形相で見つめられたので、出しかけた手を引っ込める事になった。


 ここまでやる事が無い日々を送るのは、領軍の基地に放り込まれて以来の事かもしれない。

 外に出て誰か厄介な人物に遭遇したり、名も知らぬ貴族から疎ましい視線を向けられるのも嫌なので、家に引き篭もったまま日がなだらだら過ごすという、最高の贅沢を味わいつくした。……まあ、暇を持て余したクラウディアとの稽古だけは、避けようもなかったが。


 予定した通りの日にきっちりカルディア領を出発した馬車は、三日を掛けて古い方への寮宅へと辿り着いた。ここ数年は馬車を牽く馬の替えに金を使えるようになったので、以前ほどのんびり宿場町間を移動せずに済むようになっている。


「……え?なんだこれ」


 手配していた荷物も使用人も何も無い、すっからかんの屋敷内に、呆然としたラトカがそう呟く。

 馬車の到着を待つ間サロンで日向ぼっこをしていて、ここ数日の気の抜けた生活を引き摺って暢気にまどろんでいた私は、その声にはっと目を覚ました。


 王命で引越しになったことと、荷物や使用人を移しておいたことを告げた私が、「そういう事はもっと早く知らせろよ馬鹿!!」とラトカに頭をひっぱたかれた事は言うまでもない。

 知らせても知らせなくても予定は殆ど変わらないし、そもそも連絡に出す人員が居なかったし、居ても入れ違いになる可能性が高かったし……とつらつら言い訳を並べると、無言でもう一発貰う事になった。



「よくよく面倒事に縁があるらしいな、俺達の領主は」


 荷解きのついでに下った王命について側近達に説明すると、絨毯をばさりと床に敷きながらアスランが溜息と共にそう呟いた。音に紛れさせたつもりだろうが、私の地獄耳はあっさりその声を拾う。


「あー、そうだ。アスランにはエミリア様の学内護衛について貰いたい。侍女はティーラだ」


「は!?」


 ぎょっとした表情で振り返ったアスランに、私は小さく肩を竦めて返した。

 別に仕返しのつもりで言った訳ではない。学内では未成年の侍従が必要なのだ。新たに人員を手配するまでの間に動かせる人員から、適当だと思う者を選ぶと当然その二人になるのである。

 レカを連れて歩けばいい特殊な事情の私とは異なり、女性用の講義を受ける事になるエミリアには侍女が必要となる。

 侍女ができるのはラトカとティーラの二人だが、ラトカは諸々の事情からあまりエミリアに接近させたくないので除外。護衛ができる者もラトカとアスランの二人だが、同じくラトカを除外するとアスランしかいないという事になる。


「って事は、俺はお前の侍女か……」


 ラトカが嫌そうに呟くと、ペアとなったレカは生温い笑みを浮かべてその肩をぽんと叩いた。

 幼馴染三人組とラトカの付き合いは去年からのものだと思ったが、意外と仲良くなっているらしい。

 まあ、ラトカの生い立ちや現在の特殊な立場を完全に知る同年代はここにいる人間だけだ。秘密の共有は人の結びつきを早くするという事だろう。


「明日にはエミリア様がこの寮宅へ移ってくる。部屋はお前達の分も含めて調えてあるので、後で確認しておけ」


「了解~」


 聞き分けよく返事をしたレカに、他の三人も追従するようにそれぞれ了承の意を示した。




 翌日にはエミリアを寮宅へ迎え入れる。

 これまでの十日間から一転、家の中には忙しない空気が満ちていった。


 早朝から使用人たちは昨日後回しにした分の荷解きを再開し、或いは我が養子の迎えに行くためにひっそりと旅立ち、或いは隣国の大公女という最高峰の地位を持つ要人のための支度に奔走する。

 同じく早朝からハイデマン夫人の手によって完璧に外見を整えられた私はといえば、「館の主人らしく何もしないで下さい」と厳しく言いつけられ、渋々ゆっくりと領地から届いた報告書を確認していた。

 ……周囲があくせくと働いているというのに、自分は何もせず寛いでいるという状況はひどく落ち着かない。

 自然と零れてくる溜息を誤魔化すべく、私は冷めた紅茶を口にする。


 そうしてやっと退屈から解放されたのは、昼時を迎える少し前。


「お待ちしておりました、エミリア様」


 予定していた通りの時刻に馬車から降り立ったエミリアに、やっと仕事が──彼女の応対は仕事としか言いようが無い──出来ると晴れやかな気分になっていた私は、歓迎の意くらい見せておくかと表情筋に力を込めて微笑みを浮かべる。


「……エインシュバルクさま」


 対してエミリアは、もうすっかりと見慣れた困惑した様子で私を見た。まるで途方に暮れたような顔だ。

 ……嗚呼、そういえば。最後に図書館で顔を合わせた時、少しばかり気まずい雰囲気になったのだったか。

 王命だからこそ私はエミリアに気を配る。

 そう告げた瞬間、彼女は何故か落胆を隠せない様子だった。


 まあ、彼女の心情がどうであれ、私は接し方を変えるつもりは無い。王命が下らなければ恐らく一生接触さえしようとは思わなかったに違いない相手だ。

 そして王命が下ったからこそ、宮中が私に求める役割から、外れようとも思わない。


 そう考えながらエスコートの為に差し出した手に、エミリアはやはり迷子のような表情で、けれど力なく手を重ね合わせた。

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