06 女の子ってよく分からない
今更言うべくもない事であろうが、男女の分かれる講義において、私は規定されている服装と領主という立場のために男子用の講義や訓練を受けている。
無論、それは作法についても同様で、私はエスコートをされる側ではなくする側とされている。
早々にこの事態を予想していたテレジア伯爵の教育にしろ、学習院の対応にしろ……ここまで来ると成人後も男性の真似事を特別に許されるのではないか、と思うような徹底ぶりでだ。
まあ、リンダールとのいざこざも片付いた事だし、卒業後には私は普通の領主貴族として、夏くらいしか王都に顔を出すことはなくなる。
貴族院ではエスコートするされるなども無いし、領地が落ち着き特需の無くなったカルディア領の悪名だらけの領主をわざわざ夜会に呼ぼうという奇特な貴族もそう居ないと思うので、成人後の格好や振る舞いなど気にしなくてもいいとは思うが。
兎も角、そういう理由で身に付けた男性用の振る舞い方はこれまではモードン家の夜会くらいでしか使われなかった無用の長物であったのだが、それが初めて役に立った。
アークシア式のドレスに不慣れなエミリアを手助けするのに、エスコートの体勢を取るのが効果的であったからだ。
「昨年の講義内容でしたら、このあたりの本で一通りは把握できるかと思います。王国法と神聖法典についてはエミリア様は馴染みが無いものでしょうから、こちらの入門書からの方が良いでしょう。ああ、この辞典もお持ちした方が良いかと。各講義の専門用語は我々アークシア人でも教師の説明無しでは飲み込むのに苦労するのです。その代わりまでは務まらないとは思いますが、一助にはなりえましょう」
エミリアの手を引きながら、彼女が探している本を見繕い、空いている腕に抱えていく。
どうやらエミリアは学力に自信が無いらしく、今のうちに一通り昨年の講義の内容を把握しておきたいと考えていた。
……ああ、そういえば、ゲームにはおまけ程度に各ステータスを向上させる要素があったな。教養と、知識と、魅力と……何だったかな。武力?いや、体力か。確か総帥の孫のキャライベントで上がりやすいものだったような気がする。
キャラクターの攻略に必要、というよりは、周囲からの印象や成績といった裏パラメーターを上げるのに必要らしく、これが低いとランダムイベントが起きにくいとか、攻略対象キャラクターの好感度が上がりにくいとか、……そんなような事を前世の妹に言われていたような曖昧な記憶がまだ頭の片隅に引っ掛かっていた。
とはいえ、ここはゲームの舞台ではあるがゲームシステムの上に成り立つ世界ではない。
やればやっただけ能力が上がるという保証もなければ、数値で示せるような単純なものを能力と呼ぶ訳でもない。能力がそのまま評価に繋がるなどこの身分社会では全く縁遠い話であるし、誰ぞに話し掛ければそれだけで好感を得られるなどという事も有り得ない。
「ありがとうございます。……申し訳ありません、エインシュバルクさま。私、色々とご迷惑を……」
一通り本の収集が終わると、エミリアは私にそう謝罪した。
どうやら図書館のそこかしこから刺さる隔意のある視線の事を自覚していたらしい。自分が敵国から来た人間である事を理解出来ているようで何よりである。
……出来たばかりのリンダールの宮廷の規模や洗練のされ方は、アークシアのそれとはまるで規模が異なるという。何百年という歳月を何人もの王侯貴族が過ごした宮廷と、その四半分程の大きさの国々の宮廷とを比べる方が間違っている。
という事はそれよりも更に国土の小さく、滅びかけであったリンダール王国のそれは、恐らくはジューナスやフレチェの領主城よりももっと質朴とした生活だったのではないだろうか。
であるならば、彼女の不慣れさも仕方の無い事だ。
それが分かっている以上、エミリアの無知による失態を非難する気はまだ起きない。
「全く慣習の違う国へ突然参られたのですから、分からない事はあって当然の事です。その差がエミリア様の不便にならぬよう、これからは私が手助けとなりましょう」
王命は既に拝してしまった。やらねばならない、と腹を括って、言葉にしたのはエミリアにというよりは自分に言い聞かせるためだ。
「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけ致します」
エミリアは申し訳なさそうに、けれど仄かな笑みを弱々しく浮かべる。
「それが我が王の望みですので」
──毎度毎度このように謝られたりするのは流石に煩わしい。私は善意で力を貸している訳ではないので、そこまで気にしないでいい。
そう思っての返しだった。
「そ、うですか……」
けれどエミリアはそれを聞くなり、意気消沈したように俯いてしまう。
……ふむ。何か言い方を間違ってしまったかもしれない。




