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悪役転生だけどどうしてこうなった。  作者: 関村イムヤ
第一章

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05 王立図書館

 半分に割られた寮宅は、女性が使っていた方をエミリアに明け渡す。

 使用人は護衛という面と、エミリアが侍女すら連れずにアークシアに連れて来られたという事から共有する事にした。


 エミリアの侍女も手配しなければならないが……未成年で、というところが引っ掛かっていて、学習院の春休みが明けるまでに用意するのは不可能だ。

 これも共有する必要があるだろう。幸い、侍女として扱えるのはティーラとラトカの二人がいる。まあ、ラトカからじっとりとした目で睨まれる事は必至だが。


 カルディア領から荷物が届くまでの間、エミリアは大公家の離宮で、私はこれまでいた領宅で過ごすことを決め、その間にそちらから新しい領宅へと移動させられるように荷造りをし、養子の名前を考える。


 養子の名前はユグフェナの響きの混じっていないものに、と考えている。

 エインシュバルク家の名は歴史的な司教や神官……まあ、ざっくり言えば聖人のような扱いの宗教家の名前から取っている事が多く、エルグナードは由来不明だが、ヴォルマルフとウィーグラフがそれにあたる。

 しかし、聖人の名を借用する事はアークシアではなかなか稀有な例で、貴族社会では殆ど聞かない。故にそれは、エインシュバルク家の特徴ともなっている。

 彼らの血縁から存在を隠すためにあの子を引き取ったのだから、そうと疑われるような名を付ける訳にはいかない。

 しかし同時に、いつか──いずれあの子エインシュバルク家へと帰る時が来るかもしれないと考えれば、ユグフェナの独特な名前をつけてしまう訳にもいかないだろう。エインシュバルク家はユグフェナ地方の家柄ではないのだから。

 となると、必然的に名は王都が基準となる、標準的なアークシア人の名に収めるのが望ましいのである。


 ……が、残念なことに私はそういった事には全く明るくない。


「……ハイデマン夫人、忙しい中済まないが、馬を用意してくれ」


「はい。どちらへ?」


「王立図書館へ行く」


 手元に名付けの参考になる書物などがある訳もなく、さりとて名に出来るような言葉が簡単に思い浮かべられるほどの学も無いので、ここは無難に調べ物をする事にした。




 王立図書館は、学習院の敷地の西側の端、貴族町の中心に面する門のすぐ内側にある図書館で、アークシアで最も大きく、最も蔵書量のある施設となっている。

 学習院の生徒ならば無料で利用でき、院内から持ち出さない事を条件に安値で貸し出しも行われる他、王都の市民権があるものならば年額の利用料を払う事でいつでも利用できる事になっている。学習院が春休みでも利用できるのはそのためだ。


 学習院の学舎にも併設されている図書室があり、授業に関する事などはそこで十分な情報を仕入れられるため、これまでここに来たことは無かった。

 ……この建物ではゲームでのイベントがそれなりに起こる、という記憶があったため、なんとなく避けていた、という事もある。どんなイベントだったか、内容までは流石に覚えていないが。

 流石に学舎の図書室には名付けの参考になるような本は無いため、今回は不可抗力として諦める。


 受付で身分証明を済ませ、さっさと貴族名鑑やら役に立ちそうな辞典を取り、読書スペースへと腰を降ろす。

 貴族名鑑を引いて、よさげな名前を参考に辞典を捲る。人の子に名を贈るからには、意味まできちんとしたものを考えたい。

 暫くそうしている間に図書館は一気に人が増えたのか少し騒がしくなったようだったが、私はそれを気にせず、作業に没頭していった。




「…………あっ!?」


 そうして、あまりに熱中し過ぎたのか、どうやら本を適当に積み重ねてしまっていたらしい。隣を誰かが通った瞬間、バサバサと二、三冊の本が崩れ落ちてしまった。


「っ、すみません」


 慌てて本を拾い上げる。ざっと一瞥したが、本に損傷は無いようだった。

 ほっと息を吐きながら顔を上げ、本の落下音に驚いて固まってしまっていた相手へと視線を向ける。


「……あ、の、私の方こそ申し訳ありません。本は大丈夫でしたか、エンシュバルクさま」


 そこには畏縮と困惑と本への不安を綯い交ぜにしたような表情を浮かべた、エミリアが立っていた。

 なるほど。先程のざわめきの原因は彼女か。

 未成人の学生達はどうだか知らないが、エミリアの顔は既に貴族院の面々にも知られ始めている。王城や大公家で堂々と生活を送っているのだから当然と言えば当然だろう。


「エ、ミリア様。このような場所でお会いするとは……。大変失礼致しました、本は無事です」


「いえ、私の方こそ不注意で……ドレスの裾を引っ掛けてしまったのかもしれません」


 そうエミリアが言った瞬間、同じ机に居た貴族の男がばっとこちらに顔を向けた。

 まずい。

 今のエミリアが着ているのは、リンダール式のすとんとした形のドレスではなく、枠付きの下着でスカート部に膨らみを持たせたアークシア式のドレスだ。

 エミリアが何も考えてないのは明白だが、今の発言だと『アークシアのドレスは動きづらい』と含みがあるように思われても仕方がない。


「それはそれは。困りましたね……淑女向けの初歩的なレッスンは、この学習院では行われていないのです」


「え、」


 敢えて突き放すようにそう言えば、エミリアは困惑を深めたように目を丸くした。

 視界の端の貴族はそれで溜飲を下げたのか、本へと視線を戻す。彼の口元が歪んでいるのは、私がエミリアに辛く当たっているとでも思っているからなのか。


「……慣れないドレスで生活をするのは大変でしょう。家にはリンダールのものに近いドレスも用意させておきます」


 今度はエミリアにだけ聞こえるよう、声を潜めて囁いた。

 私も普段は殆どドレスを着ないから分かるが、アークシアのドレスはデイドレスでもパニエ付きのコルセットが入る大仰なものなので、慣れるまでは動くのが本当に大変なのだ。特に自分の身体とスカートの裾の距離感が全く違うため、周囲の物に触れてしまう事も多い。


「あ、の?」


 戸惑ったようにエミリアは私を見上げる。長くここに留まりすぎたためか、周囲からの視線が少しずつまたエミリアと私に集まってきていた。何が面白くないのか、不愉快そうに顔を歪める連中が一定数存在している。

 ……仕方がない。


「本は何をお探しですか」


 さっさと目当ての本を借りて、騒動でも起きる前にエミリアを帰らせよう。

 そう思って席を立つと、エミリアはきょとりと再び目を丸くした。

 ──彼女の乙女ゲームのヒロインらしい表情を見たのは、多分それが初めてだった。

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