01 不発弾を押し付けられた気がする
もう一月も待たずに学習院の春休みが明けるというのに、『急ぎ登城せよ』などという王家からの手紙が来たとなれば、出来る限りを尽くして早急に王城へと辿り着かねばならない。
そう、これは貴族の義務だ。
義務を果たす為に一番脚の早い騎獣を使うのは当然の事だろう。
そんな訳で、準備や支度には全く役に立たないクラウディア一人を伴い、王城までラスィウォクで乗り付ける事にした。無論、急過ぎる召喚に対する腹いせは込みだ。
……街道では道を譲られ続け、常ならば混むような宿場町でも人が勝手に避けてくれた。
かつてないほどに快適な旅となったが、あちらこちらからひっきりなしに悲鳴が聞こえてきたので、やはりラスィウォクに乗って王都へ行くのはなるべく控えるようにしよう……。
「どうぞ、エインシュバルク伯爵」
謁見の間の扉が開けられ、中へと促される。
一体何事なのだろうか。王家の呼び出しである事は分かっていたが、まさか正式に王への謁見という体裁になるとは思っていなかった。
下級貴族にそんな機会が訪れるとすれば、例えば凱旋の労いや褒章の授与の際、或いは陞爵といった儀礼が必要なくらいである。一応、私はそのどれも経験がある訳だが……今の私にはそのどれもに心当たりが無い。
何かの拍子で今回のように王の勅命が下る事もあるが、その場合は国政を担うアレクトリア城ではなく、王家の居城であるファルダール宮殿の居間等が使われるという。
アレクトリア城の絢爛な謁見の間は本来国賓との謁見などに使う為に作られており、使うだけで小規模な夜会並みの金がかかるためだ。
そんな謁見の間の最奥にあるひな壇のような作りの玉座には国王陛下が、その傍らにはドーヴァダイン大公、そして壇の下にはリーデルガウ侯爵が立っていた。宮中の実質的な決定者三人が揃っているという事に、謎の寒気がした。恐ろしく面倒な予感がひしひしとする。
不敬にならないよう、壇の上の国王陛下を見ないように気をつけながら進み出て、跪く。
「エリザ・カルディア・エインシュバルク、陛下の召喚に応え只今御前に参上致しました」
「よく来た。面を上げよエインシュバルク伯。そなたに頼まねばならぬ事がある」
率直すぎる要件の切り出しにやや面食らいながらも、言われた通りに顔を上げた。
上げて、視線だけ一瞬伏せた。何だか見てはいけないようなものというか……見なかった事にしたい存在があった気がしたからだ。ドレスが玉座の後ろの垂れ幕の色に同化していて、間抜けながら今更気が付いた。
乙女ゲームのヒロインが何故国王と一緒に私を待ち構えているんだ。
「紹介しよう。隣国リンダール連合公国の大公家より、此度我が国に留学生として滞在することになったエミリア・ユーリエル・ド・ラ・リンダール殿だ。そなたには、エミリア殿が学習院の中で不自由の無いよう頼みたい」
えっと……それって、ヒロインの面倒を見て欲しい、という事だろうか。しかし、その役目はゲームだとあの四人が務めていなかっただろうか……?
ざっくりと決めていたこれからの二年間の未来像が、脳裏で音を立てて砕けていった。
というか、意味が分からない。散々リンダール軍に悪名を轟かせた私を態々選ぶなど。
エミリアが私の事を知っているかは不明だが、知っていた場合はあまりに印象が悪い。
……寧ろそれが狙いなのだろうか?
敗戦国の人質姫に相応しい屈辱として私が選ばれた……、とか。
アークシアがリンダールにそういう扱いをするとはあまり考えていなかったのだが、貴族院内でもリンダールへの嫌悪が募っていたから、可能性としては無くもない。
「エミリア・ユーリエル・ド・ラ・リンダールと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
国王陛下の言葉に合わせて進み出たエミリアが、不安を隠しきれていない声でそう名乗り、礼を取った。まだぎこちないアークシア式の、……最敬礼。
思わず顔を顰めそうになるのを取り繕う。宮中の方々が居るこの場で、最下位である身分の私に、裏の思惑がどうであれ一国の大公女として迎え入れられている彼女が最敬礼を取るなどというのは、あまり、というか非常によろしくない。
思わず視線をリーデルガウ侯爵に向けると、こくりと小さく頷かれた。それはあれだろうか。礼儀作法も……面倒を見ろと?
「………………………………………、…………………………………………………………謹んで拝命致します」
たっぷりの沈黙の後、私はその言葉を絞り出した。まあ、絞り出す以外に選択肢など無い。




