00-2 エインシュバルク一族
「……当家以外は、そうは思わぬだろう。何しろ子が出来ぬなら離縁し新たに妻を迎えよなどと平気で口にする者共の集まりだ」
ヴォルマルフが怒気を顕にそう唸る。
……エインシュバルク家は、分家がそう多い訳ではないが、血族関係は広く、そして密接なものとなっているらしい。
エインシュバルク家は今でこそ近衛、及び要所の騎士団へ所属する騎士を多く輩出する名門であるが、かつては国ではなく、王家と神に仕える神殿騎士の一族であった。
神殿騎士とは百年ほど前まで存在していた教会独自の騎士団で、王軍の再編で近衛騎士団が発足されると共に解体されている。
当時からエインシュバルク家は一族が肥大する事を嫌っていたのか、生まれた子の殆どを幼少期の間は修道院に入れて過ごさせ、貴族院を出た男児は神殿騎士団へ入団させ、当主家を継ぐ者だけを還俗させる決まりがあった。今でも多くは修道士になるらしく、エインシュバルク一族はその権勢に全く不釣り合いな人数を維持しているままだ。
近衛騎士団が編成される際、神殿騎士団から近衛騎士団へと入団したエインシュバルク家の騎士達の殆どは、独立して新たな氏名を得る事を選んだ。これは元より本家分家の区別無く神殿騎士とさせ、最も優れた者に当主を継がせるという伝統があったためだそうだ。
こうして出来上がったエインシュバルク家と血を同じくする近衛騎士の名門貴族は、エインシュバルク家の分家でありながらもエインシュバルクの当主を当主として扱わない存在となった。
血族であるが別氏の一族、故に対等。
その為に、エインシュバルク家の内情にも彼等は平気で口を出し、圧力を掛ける……。
エインシュバルク家は一族の中でも特に社交界に殆ど関わらない為、婚姻は殆ど別氏の血族とのものばかりなのだそうだ。
故に家柄は離れても、血族としての繋がりは全く薄れないまま。
そして血族内で最も伝統があり、地位も高いのはやはりエインシュバルク家であるため、血族間では婚姻でエインシュバルク家への影響力を強め、それによって序列を決めるという、まるで王族を取り巻く権力図のような状況に陥っているらしい。
エルグナードの奥方に子が出来ない事であれこれと口を出されたのは、そういう理由が背景にある。
……今回の双子の禁忌についても、それは同様だ。
双子は同時に生まれる。それ故に、どちらが長子と定まらない。少なくともアークシアでは、どう区別するかはそれぞれの家に一任される。
「……なるほど。今の状況で双子が存在すると、再び血族同士が争い合う……いえ、殺し合うのですね。自分の担ぐ方を跡継ぎとさせ、他家を蹴落とす為に」
エルグナードは三男だが、領地を得た事で更なる拡大が予想されるエインシュバルク家では彼もまたいずれは彼独自の爵位や領地を得る事が予想される。ちなみにウィーグラフは先のリンダールとの決戦での戦功の報奨として、王軍特別顧問という下級伯爵の地位を得た。仕事のある地位ではなく、王領伯や騎士団に務める者とその家族に終身の地位を約束するための爵位の一つである。
「ああ。そのうえ、父上がこの領地を得てからは血族達のそういった動きはより激しくなるばかりだ。我々兄弟が三人とも運良く血族でない近衛騎士の家系の嫁を得た故に、尚更だな」
「……血族方は、エインシュバルク家を乗っ取るおつもりで?」
「そのようだな。……その為ならば手段を選ばぬ構えだ」
エインシュバルク伯の言葉に、全員が表情を消した。
手段を選ばないという事はつまり……殺し合いばかりでなく、双子の暗殺も有り得る、という事か。
エインシュバルク家は人数が少なく、そして全員が多忙を極める。彼らが自分自身を守る事は容易いが、幼い双子を守るには圧倒的に時間が足りない。暗殺の対象範囲は奥方達にまで拡がるかもしれず、そうなればたった四人で守る事は不可能だ。
双子の禁忌の引き起こす深刻さを理解して、私は盛大に──もしかすると、猶父と同じように──顔を顰めた。
「……ふ、君がそのような表情をしてくれるとは。すまないね、当家の問題に巻き込んでしまって」
苦笑を浮かべたエルグナードに、私は首を横に振る。
「いえ、私は問題ありません。身に余るほど良くして頂いていますが、あくまでも猶子という立場ですから。……ただそれ故に、恩人である方々の子が危険に晒されると思えば、血の繋がりは無くとも……無いからこそかもしれませんが、腸が煮えくり返る思いです」
「そうではない。つまり、君は生まれた赤子を身内の者として考えてくれているのだろう?それが嬉しく、そして申し訳ないと言ったのだ。君は猶子だというのに、余計な心労を与えてしまうような事をしてしまったから」
「…………当然の事です。エルグナードの子であるならば、私の兄弟なのですから」
それこそ、血の繋がりが無くとも。
……エインシュバルク家に受けた恩は計り知れない。後ろ盾となってくれた事も、戦功を上げ報奨を得られるように戦場で立てて貰った事も、そして、今このように家族の一員として扱ってくれる事も。
家族をこの手で殺した私が、再び家族を得る事が出来るなど、思ってもみなかった。
──待った。兄弟、……家族?
ふ、と頭に一つの考えが閃いた。
「……、そうだ」
思わずそう溢れた小さな言葉に、周囲全てから視線が飛んで来る。
私はぎくりと肩を竦めそうになったが、それでも思いついた事を彼らに説明する事にした。
もしも必要であるならば……と口を開く。
彼らの目は期待というよりも、申し訳無さと諦観に満ちていた。
きっと、私も同じ目をしていた。




