00-1 産声
こく、こく。
こく、こく。
部屋の奥に置かれた、最新式の時計である柱時計の振り子の音だけが響いていた。
外は生憎の曇り空で、部屋の中は薄暗く、待ち時間を重苦しいものにしている。自然と部屋の中の全員が口を噤み、沈黙を落としてしまうような天気だ。
時折あるのは菓子を口にしたり、紅茶を飲む微かな気配の動きのみ。
あとは部屋の中の全員が銘々ソファーに座り込んで、静かに息を殺してその時を待っていた。
こく、こく。
こく、こく。
──そして。
「旦那様方、お産まれになりましたよ!元気な双子の男の子です!奥様もご無事でございます!」
パタパタと廊下を慌てぎみに通りがかった誰かが、ノックと共に部屋にも入らずにそう叫んで、尚一層急ぐ足取りの音を残して去って行く。
ガタン、と椅子から勢い良く立ち上がったのは全員だった。
だが、早速奥方の元へと駆け付けるために部屋の扉を開けても、何故か誰一人と動こうとはしない。
どうかしたのか、と思いつつ、エルグナードの名を呼ぼうとした時だった。
「双子……」
呆然とした彼の口から、そんな呻くような声が零れ落ちる。
「……あの、エルグナード?」
猶父の様子がおかしい。否、エルグナードだけではない。部屋で待機していた他の三人、エインシュバルク伯にヴォルマルフ、ウィーグラフも同様に、衝撃を受けたかのように表情を浮かべ、言葉を詰まらせているようだった。
丁度、ボーン、と柱時計が鳴る。
そうしてその音を掻き消すかのように、窓から眩い光と共に地響きまでする程の轟音が差し込んだ。
近い落雷にびくりと肩を竦ませた全員が、やっと険しい顔で各々視線を交わし、唇を引き結ぶ。
……一体、双子がどうしたというのか。あまりに剣呑なその雰囲気に戸惑ってしまう。
「──行こう」
エルグナードの硬い声音に、私は益々戸惑いを深めながらも彼の後に続いて部屋を出た。
私が春の終わり、学習院の二学年目が始まろうという直前にエインシュバルク上級伯爵家の領地へと招待されたのは、猶父であるエルグナードの子が産まれるため、その祝いの席へと招きたい、という理由だった。
九歳の頃にエルグナードと猶縁を結んで五年。子が出来ないため私を猶子とし、血族達の圧力を躱した彼の念願の嫡子がやっと産まれる。
その祝いの席へ猶子に過ぎない私が出席するのは分不相応かとは思えたが、エインシュバルク家には散々世話になっている以上断るという選択肢は無く。
……養子となってはいない筈なのだが、貴氏を賜ってからというもの、エインシュバルク家の面々にはかなり身内のような扱いをされるようになった気がする。おかしい。
それはともかくとして、エルグナードの子へ祝福を贈る事を許された事は素直に嬉しくもあり、一も二も無く駆け付ける事となった。
なのだが。
お産を終えたエルグナードの奥方はこの世の終わりとばかりにさめざめと泣き、エインシュバルク家の男達は沈痛な面持ちで何事かをボソボソ話し込んでいる。
待望の子が母子共に健康な状態で産まれたというのに、この館へと着いたときの期待と喜びに満ちた空気が一転、絶望と悲観に包まれているという異様な状況だ。
因みに、双子の赤子は王都から呼ばれたという産婆によって別室へと既に運ばれていった。産湯につけて寝かされるのだろうが、貴族は大抵そこまでは直接関与はしないので、赤子が居ない事はそれほどおかしな事ではない。前世の記憶でも、産まれたばかりの赤ん坊は新生児室に行くようになっていた筈である。
「エルグナード……、猶父殿?」
状況にさっぱりついていけない私は、仕方が無く猶父の名を呼んだ。
「……ん、……ああ。すまない、エリザ」
エルグナードはちゃんと私の存在を思い出してくれたらしく、ちらりと親兄弟達と視線を交わすと、私にその輪に加わるようにちょいちょいと手を拱いて促す。
……その中に入るのか?私が?
心中では首を捻りつつも言われた通りに彼等の側に寄ると、エルグナードは小さく悲痛な声で端的な説明をした。
曰く。
「実はな。我がエインシュバルク家では、双子は禁忌とされているのだ」
「禁忌?」
「……先祖代々、双子が生まれた際にはどちらかを葬る事となっている。特に、男児の双子は……厳しいな」
「そんな、」
まさか、と口から出そうになった。
双子を忌む風潮など、遥か古代の歴史でしか聞いたことが無い。
私のすぐ上の兄と姉は双子だった。その性状はさておき、生まれについてはアークシアでは極普通に受け入れられるものである。……私の生まれなどとは比べるべくもない。
「もう何代も前の話だが……、一度エインシュバルク家は滅びかけた事があるのだ。当主の座を双子の嫡子が争った為に、一族どころか血族の殆どが殺し合う大惨事が起きた。それから双子は禁忌となった。無論、私達はそのような悪しき風習など受け継ぐ必要など無いと強く考えている。いるのだ、が……」
エルグナードは不愉快そうに顔を歪ませて言葉を切った。
普段快活な彼がこんな表情を浮かべるとは──出来れば、一生見る事無くいたかった。




