カルディア領の春の芽吹き・終
「…………何か、言いたい事は?」
その光景は余りにも異様でシュールだった、と、後からこっそり様子を見ていたラトカは語った。
腕組みをして仁王立ちし、不機嫌さを冷気のように撒き散らす私と、その前で土の上に正座で肩を落とした大人三人。
言わずもがな、今回の主要人であるオスカー、クラウディア、そしてナターナエル殿である。
「そ、その……すまぬ!つい兄上との撃ち合いやオスカーとの呼吸を合わせて戦うのが楽しくなってしまって……」
「すみませんでした……。久々の本気の手合わせに興奮してしまったと言いますか……」
「すみません、全力で弾くか防ぐかしないと死ぬ気がしました」
「分かった。オスカーは先に食堂へ行って配膳の監督を」
流石に疲労に満ちた顔で死にそうになっているオスカーにこの惨状の責任を感じさせる訳にも行かず、早々に離脱させる。まあ、オスカーに関しては本当に……なんというか、ご愁傷でしたとしか言いようが無かった。
一礼して先に屋敷へと戻るオスカーを見届けてから、私の視線は今だダラダラと冷や汗を流しながら正座しているローレンツォレル兄妹を越え、その背後、作られてからまだ一年ほどであった中庭……であった場所へと移る。
元からラスィウォク達の遊び場や、私の訓練場を想定してあったので、装飾等があった訳ではない。
ない、がしかし。
何をどうやったらそうなるのか、(槍を全力で突き立てていたような気がする)ひび割れたり、陥没したり、逆に盛り上がったりして、荒れ果てた地面。
奥の方だけ敷いてあったタイルは粉々に砕け散り、テラスは砂埃塗れ、ささやかな面積に植えてあった憩いの場としての芝も無残に散り果てている。
これを惨状と言わずして何というのか。
……というか、何なんだこれは。本当に人間の作り出せる状況なんだろうか?
オスカーはよくあの嵐の様な戦いの中で生き残れたものだ。それだけでもう、何というか、良くやったと思う。
凄まじい戦いだった。
宮廷剣術や宮廷槍術の礼儀作法の上での決闘だった筈である。実際、その作法からは確かに外れてはいなかった。……全く納得はいかないが。
「その……エリザ殿?」
「なんです」
「怒っているのか……?」
クラウディアの問いかけに、私は憮然として唇を尖らせる。
むっすりとした表情を浮かべてはいるが、怒っているのかと問われれば、何となく違う気がする。
それよりも、寧ろこの惨状を引き起こす程のローレンツォレルの人間達に呆れていると言うか……理不尽なものを感じている、というような心情だろうか。
最早おなじみの、少年漫画の世界に帰れ、だ。
しかし、いつまでも拗ねていても仕方がない。
私は一つ溜息をつくと、「ナターナエル殿、クラウディア殿」と彼らの名を呼ぶ。二人は弾かれたように背筋を限界まで伸ばした。
「……クラウディア殿の結婚式は、この中庭で執り行うつもりでいます」
「「全力で片付けさせて頂きます!!」」
良く似た兄妹の揃った返事に、私は再び深い、深ーーーーーーい溜息を吐いたのだった。
まあ、取り敢えず、これでこの春は一段落といったところだろうか。
やれやれ、というよりは、ホッとしたような気持ちで、私は溜息とは異なる息をもう一つだけついた。
幕間最後話。少し短くなってしまいました。
次から四章に入ります。乙女ゲームの時間軸の話です。




